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 30歳を迎えたその日、商店街のケーキ屋さんで一番小さなホールケーキを買っての帰り道、遠目にほのかな灯が見えた。 ・・あっ、もしかしているのかな?・・  自然と足が速くなり、辻占と書かれた提灯が確認できるとさらに速度が上がった。  そんな私の姿にすぐに気づいた辻占さんは、テーブルに近づくと開口一番こう言った。 「今日から新たな時期にはいりましたね」  えっ!と思わず声を上げると辻占さんは、誕生日おめでとうと言ってにこりと笑った。 「ど、どうしてわかったんですか?」  思わず声が裏返る。すると辻占さんはさらに笑みを作り指を差す。導かれる様に視線を動かした先には私が下げているケーキの箱があった。 「なるほど、ケーキの箱でわかったんですね、びっくりした。さすが占い師さんですね、よく見ていらっしゃいますね」  からくりがわかって納得していると、辻占さんはうんうんと大きく肯いた。 「人にはそれぞれの時期があります。良い時期もそうでない時期も。自分だけじゃない、誰しもが味わうのだから、必要以上に落ち込んだりすることは無いんですよ」  辻占さんの言葉は、まるで白湯を飲んだ時のようにほんわかと温かさが体の内側から広がっていくように感じた。すーっと、重りのようなものが溶けていくように、感じた。  私は、占ってもらおうと決めていたことを思いだしたのだが、口をついて出たのは全く別のことだった。 「あの、辻占って、なんですか?占いとは違うんですか?」  辻占さんは一度大きく肯いてから話し始めた。 「辻占というのは、夕方に辻に立って通りすがりの人たちが話す言葉の内容を元に占うというものだったんです。辻、交差点ですね、そこは人だけでなく神も通る場所と考えられていたんです」  想像していた占いとは違っていたことに、驚きと戸惑いで表情が固まってしまった。 「別に怖いものではありません。でも今日のところはもうお帰りになった方がいい。早くケーキを食べてあげないと」  言われて手にしたケーキの箱を掲げる。そうだ、早くしないとクリームが崩れちゃう。 「そうでした、ありがとうございます。またお話聞かせてください」  ちょこんと頭を下げる私とは対照的に、辻占さんはテーブルに額が付くくらいに深く頭を下げていた。
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