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   仕事帰り、地元駅に着くと、それだけで体も心も軽くなる。  さらに改札の正面から続く古びた商店街に向かって歩き出すと、それだけですべてが回復するような気分になる。  ああ、帰ってきた。シャレたレストランなんかないけれど、パリの香りがしそうなパン屋なんかないけれど、開けるとガランガラン音の鳴るドアがある年季の入った喫茶店や昔懐かしい揚げパンやクリームパンがガラスケースの中で整列している小さなパン屋がある。  昔ながらの商店街にとって私は新参者ではあるが、早々と降ろされたシャッターや温かな灯りをともしている店たちが、少し猫背で通りの真ん中を歩く私の帰りを静かに迎えてくれている。  そんなふうに想像したくなるこの商店街の少し先に、私の住んでいるアパートはある。    商店街の一番端の店は高齢の姉妹が営む洋品店。なので、私がどんなに早く、残業なしで帰って来てもすでにシャッターは下ろされている。  その、明かりのないシャッターの前にぼんやりとした提灯の灯りがともりだしたのは、一週間ほど前のことだった。  その日は取引先からのクレームで気持ちが萎えて、いつも以上に疲れていた。  コンビニで買った弁当をさげ、視線までも下げながら商店街をトボトボと歩いていくと、明かりがないはずの場所にほんのりとした光が見えた。  ・・え?なんの光?・・  口の中で呟きながら、その灯りの正体を確かめてみる。すると、洋品店の前にテーブルが置かれ、人が座っているのが見えた。  徐々に近づいていくと、少し歳のいった男の人だと判った。 ・・この人はいったい何をしているんだろう・・  なんのためにテーブルに着いているのか確かめるために、ゆっくりと前を通り過ぎる。テーブルの上に置かれた提灯に「辻占」と筆文字で書かれてあった。そして冊子のようなものや細い竹ひごの束とかが整然と置かれていた。  これって、占い?と男の人にチラと視線を送ると、向こうもこちらを見ていた。完全に、目が合った。 「お帰りなさい。お仕事ごくろうさま。今日もお疲れですね」  占いの人に声をかけられたという事は、占ってあげましょうかと言われたのも同然のように感じた私は、あいまいな笑みを向けながら斜めに会釈し通り過ぎた。
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