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やっぱり、いつものように誤魔化された。
楽し気な様子でお風呂に入るのを手伝ってくれた後は、髪をドライヤーで乾かしてくれて、ヘアオイルも塗ってくれた。
其の後、着替え終わってからは豆腐と米粉のパンケーキを手際良く作って…。
それをお互いに向き合ったまま食べた後は、彼は直ぐにスーツへと着替えた。
「 ハニー、俺はそろそろ仕事に行かなきゃいけない。昼はデリバリーでも頼んでくれ。夜は先に食べててくれて構わないから 」
スーツに身を包んで、ネクタイを結びながらリビングに戻ってきた彼に、ココア味のプロテインを片手にインスタを見ていた私は、視線を上げる。
「 うん、わかった 」
「 嗚呼 」
私が何か言わなくても、自由に過ごすことは知ってるから、お互いにそれ以上は言わない。
ビジネスカバンを持った彼は、腕時計を見てからリビングを出て行く。
もう一度、スマホへと視線を落とせば…
普段は我儘なんて一切言わない彼の、欲求が来る。
「 ハニー?俺、仕事行くんだが? 」
「 うん…… 」
丁度、動画を観てたから適当な返事になっていれば、間が空いてからもう一度呼ばれる。
「 マイハニー。ベイビーが仕事に行くんだが? 」
「( ふっ…丁度いい。検証してみよう )」
こういう時にインスタに流れてくるカップル系の検証動画は参考になる。
私のダーリンの場合は如何なんだろうか?と気になって、外向きにカメラを変え、動画の撮影ボタンを押してから、
それを持って胸元より下の、お腹の位置で固定してから玄関へと行く。
「 ごめんね、遅れた。仕事行ってらっしゃい 」
私の夫は、必ず玄関で見送ってほしいタイプの人。
だから態とニコッと笑顔で言えば、彼は少し身を屈めた。
いつもの事だから、そっと肩に触れてから今日は額へと口付けを落とす。
「 はい、行ってらっしゃい 」
「 ……???? 」
直ぐに離れてからポンって肩に触れて、一歩後ろに下がると、彼の目はきょとんとして丸くなり、自らの額へと手を置いてから、困惑したように告げる。
「 え、ハニー…。いつもはここ…だろ?何故…額なんだ? 」
自らの唇へと指先を向けた様子に、特に気にもしない素振りで傾げる。
「 ここ?ん… 」
そしてもう一度、額へと口付けを落とせば、
彼の頭には幾つもの疑問符が浮かぶ。
「 違う、違う!ハニー、俺は唇にして欲しい。それとも…今、リップしてないのが気に入らないとか…?それなら直ぐにするから… 」
完璧で、人前じゃ絶対にポーカーフェイスを崩さない彼が、鞄を探り始めた様子が可笑しくて笑ってしまう。
「 ふふっ、冗談だよ 」
「 え…… 」
「 リップをしてなくても、いつもするよ 」
顔を上げたタイミングで、チュッと音を立てて唇を優しく重ねれば、彼の表情はすぐに崩壊する。
「 酷いじゃないか…。そんな…嫌われたのかと思った。ハニー…愛してる。行ってきます 」
「 私も愛してるよ。行ってらっしゃい 」
私がしなくとも、彼の方から数回口付けが降ってくれば、最後にぎゅっと抱き締められて髪の匂いをがっつり嗅がれてから、やっと離れて行く。
仕事に行くといい始めてから5分以上経過してるのに、彼はまだ玄関に居るのだからどれだけ見送りが大事なのかって分かる。
「 嗚呼…… 」
やっと背を向けて、玄関を出て行った彼はマンションの廊下を歩き始めた。
「 行ってらっしゃい! 」
「 ………… 」
笑顔で片手を触れば、何かの違和感に気づいた彼はピタリと脚を止め、振り返った。
「 行ってきます、ハニー 」
「 うん。行ってらっしゃい 」
「 ……行ってくるよ。マイハニー 」
「 うん、無理しない程度に頑張ってきてね 」
「 …………… 」
違和感は確信に変わったのだろう。
その脚は、クルッと向きを変えて、
急いで私の方へと戻ってきた。
それもかなり、深刻そうな顔をして。
「 なんで、ベイビーって言ってくれないんだ!?さっきのパンケーキ、少し裏面を焦がしてしまったのを怒ってるのか?それなら悪かった!今から作り直すから、許してくれないか!? 」
「 大丈夫!大丈夫だから、ごめんね!?これドッキリだから、許してダーリン 」
「 ……ドッキリ……? 」
流石に滅茶苦茶可哀想に思えたから、すっとスマホを出して、録画してることを見せれば彼の焦ったような表情から、眉間へと皺を寄せた顔になった。
「 ずっと録画してたの。いつもと違う事をしたらどんな反応するかなって。騙してごめんね 」
許して、とばかりに頬へと口付けを落とせば
彼は其の場で深い溜息を吐いた。
「 はぁー……ドッキリで、良かった…。心臓に悪いから、止めてくれ…。俺の反応は…お気に召してくれたか? 」
「 うん、とっても。ほら、行ってらっしゃいダーリン。仕事に遅れちゃうよ? 」
「 ん…行ってきます。またな、ハニー 」
ドッキリだと言う事に安心した彼は、やっと仕事に向かって行く。
何度かチラチラとこっちを見てきたけど、その都度投げキッスと手を振るのを繰り返したら、
最後に投げキッスを返されて、エレベーターの方へと消えた。
「 ふぅ……。これだから、私の母国の愛情表現が気に入った人は困るなぁ〜 」
やっと見送りが終わった事にホッとしてから、部屋へと戻る。
リビングにある、これまでの二人の写真へと視線を向けた。
" ミア•ロディア•涼海デス。ヨロシクお願いします "
両親が再婚し、ドイツ人であった父は日本へとやって来た。
そこで、覚えたての日本語で挨拶した後に、
最初の隣の席になったのが、今の夫だ。
" スズミさん…?オレは、古狼 千影。ちかげでいい "
" チカ、ゲ…? "
" なんか、発音ちげぇけど…まぁいいや。分からない事あれば、聞けよな "
隣の席だった事もあり、日本の文化と外国の文化。
其の違いとかを教えてもらいながら、逆に私の方で好きな文化とかを言っていた。
それを覚えていたのだろう。
彼はハニーとダーリン呼びを気に入ってるし、
其れじゃないとかなり不安感になるまで、慣れてしまってる。
そして今じゃ…【 涼海 千景 】
それが彼の名字となってる。
涼海と言う、名字を気に入ってくれているんだ。
だから立場上、彼は婿入りをした事になってるけど…
彼が準備してくれた家で暮らしてる私にとっては、そんな気はあまり無い。
何方かと言えば、私が嫁入りした感覚がある程に… いつも彼には甘えてばかりだ。
「( だから尚更…犬はダメなのかな…。餌代とか彼が払うことになるし。あ、そうだ!私が働いて餌代ぐらい稼げば、いいんじゃないかな? )」
そうと決まれば、行動あるのみ。
今日はハローワークに行こう!と決めた。
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