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02
夫がやってくれるとは言えど、全部されっぱなしは嫌だから、ある程度の事はする。
洗濯して、シーツカバーやり変えて、掃除機やモップをかけて、水回りとかも洗ったら、一息付く。
「 少し掃除しただけで、2時間経ってる…。時間って早いな… 」
彼が仕事に向かったのは8時半頃。
そこから2時間掃除をすれば10時を過ぎてるもので、ちょっと休憩するにはいい時間帯だ。
冷凍庫の中から作り置きしていたイチゴと蜂蜜のアイスを取り出して、容器に移し替えてからそれを持って、湯を溜め直した風呂場へと行く。
「 こういう一時っていいよねぇ〜。んー!生き返るー! 」
私には、彼にずっと隠してることがある。
広々とした湯船なのに、視線の先にある" 脚 "は
フチから外へと落ちている。
そう………。
「 やっぱり水分補給も大事だよね。水分不足でカサカサになってたし 」
私は、魚の人外である。
世間では" 人魚 "と呼ばれる種族らしく、腰から下に魚の尾鰭が増え、身体に鰭やら鱗が付く。
御伽噺の人魚姫のように、声を失う事もなければ、王子と結婚しなくても泡になったりしないこと。
そして、自分の意のままに人魚になれたり、
人の姿で過ごせるのだから、この姿であることに困った事はない。
父が人魚だったから、その血筋を受け継いだ私は、此の事を今の夫には伝えてない。
「 でも……私が魚類の血が入ってるから、妊娠しないのかな… 」
不意に腹部に触れ、昨夜も今朝も彼と行為をした時を思い出す。
子供が欲しくない訳じゃない…。
いつまでも新婚気分を味わいたいらしい夫の雰囲気もあって、子供の云々は話し合っては居なかったけれど…。
「 避妊薬も飲んでないのに…。この3年間…出来ないってことは、流石に……私が悪いよね。どうしよ、子が出来ない女とは結婚出来ない…離婚してくれって言われたら。それこそ荒波の海に向かって崖から飛び降りるかも… 」
賢い彼なら、薄々気がつくかもしれない…。
私が避妊薬を買ったフリをして飲んでないこと…。
そして、人魚だってこと…。
幸せな日常生活が壊れるような感じがして、手に持ったアイスが溶けていく様子をぼんやりと眺めてしまった。
「 いつ話そう…。結婚が長引いて、彼の時間を無駄にしてしまうより…早い段階で、離婚した方が良いのかな…。ヤダな……、でもな… 」
本当は離婚なんてしたくない。
でも、世間一般では夫婦の中で子供が作れない、作らないことについて条件を話し合ってない場合…。
後々発覚した際に、離婚が出来る…という法律を聞いたことがある。
特に、跡取りが欲しそうな彼にとって…。
これは致命的な問題だろう…。
「 いつまでも現実から目を背けて、バカップルみたいな雰囲気は良くないよね。喧嘩してみるのもいいかも… 」
口喧嘩すら殆どしなくて、いつも何方かが簡単に折れるし謝る。
特に、彼の方が謝るのが早いから、大きな喧嘩にはなったことが無い。
その点、私は今朝のように駄々を捏ねる事があるから、子供っぽいとは自覚はある。
女の人魚は永遠の命と美の引き換えに、
その心が幼いと言うのを父から聞いた。
「 パパ……。あ、そうだ…人魚についてはパパに聞こう 」
いい案だとばかりに、少し溶けたアイスを食べ切って湯船から上がって、湯を抜いてからお風呂を簡単に洗ってから出る。
部屋着へと着替えてから、早速父へと電話をかけた。
「 はぁい、パパ。元気にしてる? 」
" やぁ、プリンセス。愛しいプリンセスから電話が来て、今とっても元気になったところさ。でも、プリンセスの方はそうじゃないみたいだね? "
「 あーうん……ちょっとね、聞きたいことがあって 」
明るく元気そうな父の声に、少しだけ安心感を覚える。
小さい頃から殆ど、父が育ててくれたようなものみたいだから、どうしてもお父さんっ子であるのは自覚してる。
父のようにカッコイイ人と結婚したい…そんな事を口走ってた時もあるぐらいだ。
" ん、如何したんだい? "
「 えっとね……。人魚の子供についてなんだけど…。私とベイビー…子供が出来なくて 」
" あぁ……… "
「 それを言えなくて…。どうしようって… 」
なんの話か察したらしい父は、返事の声のトーンが下がった。
其の事に気づいたから、これまで感じていた不安感が切なくなって、鼻先が痛くなり涙が零れ落ちていた。
涙は真珠となってポロポロと床に音を立て転がり落ちることを気にせず、震えた声で一方的な話をする。
「 ベイビーのこと…大好きなのに、赤ちゃん出来なかったら…離婚とか、言われるんじゃないかなって…。どうしたら…いいかな…… 」
" 落ち着いて、プリンセス。君のプリンスは離れると思うかい? "
「 っ、分からない…。でも、こっちだと跡取りとか…大事らしいから… 」
人魚と違って…
人間の愛情は、一瞬で冷めてしまうと言う。
彼も其の要素があるんじゃないかって不安に思うからこそ、涙が止まらないんだ。
" 其れは彼の問題だろう?プリンセスは、彼を信じて見たらどうかな?人魚の子供はね。お互いの心が通じ合えば生まれるのだよ。海からの贈り物だからさ "
父の再婚の理由は、愛しい母が事故で亡くなったからだ。
心を病んで、私自身も幼いながら母が居なくなった事にショックを受けてたから、父が心を癒やす為に再婚した。
でも、結局…私は母の方とは上手く行かなくて、こうして成人してから会話することは無くなったけど…。
父は、あの母を愛してるらしい…。
でも、母の方が人魚であった父が嫌なのだろう…。 弟か妹がいない理由が、そこにある。
「 心が通じ合うの…? 」
" そう。今はお互いに赤ちゃんが欲しいと本気で望んでないかも知れないが、いつきっと叶う日が来るさ。願い続ければ、想いは届くよ "
「 ん…… 」
父はいつもそうだった…。
御伽噺を聞かせるように、私に何かを願う心は失わないよう、いろんな話を聞かせてくれた。
貧乏なのにプリンセスと言い続けてくれたから、
今はお金持ちの奥さんになれたのかも知れない。
" だから泣かないでプリンセス。君は世界一可愛い人魚姫なのだから、自信を持って。もし離婚なんて言われたら、パパがプリンスを海に沈めて、鮫の餌にしてあげるよ "
「 ふふ……流石にそれは止めてね。ベイビーが居なくなると寂しいから 」
" 嗚呼、分かった。手足を折るぐらいで許しておこう "
本当にやりかねないと思えば、もう一度小さく笑ってから、今度は普通の話を始める。
「( もし、子が出来なくても…。ベイビーだったら大丈夫かも知れない…… )」
ハローワークに行く、なんて思ってたけど…。
そんな気分も無くなり、人魚について色々調べたり子供についての離婚やら、そういった法律や人々の相談サイトみたいなものも探って見ていた。
これが、調べれば調べる程に自信を無くす事だったんだけどね……。
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