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そんな訳で、長引きそうな会議を早々に口車を合わせて、終わらせるなり即帰ってきた。 後々のプレゼンが如何なったて俺の知ったことではない。 今回の担当は、俺の管轄では無いからな。 「 ハニー、ただいま 」 可笑しい…。 いつもなら電気がついて、犬よりも犬らしく笑顔で出迎えてくれる世界一可愛いハニーが居るはずなのに、今日は真っ暗で静まり返ってる。 「 ハニー?( 調子でも悪いのだろうか…。生理は12日後のはずだが… )」 すんっと部屋の空気の匂いをかいで、今日食ったで有ろう食事の匂いを嗅ぎ分けようとしても、 朝のパンケーキの匂いしかしない。   取り敢えず早く終わったから帰ってきたコンビニのアイスとスウィートの入ったマイバックをキッチンに置いて、鼻先を鳴らす。 「( 風呂の匂い。今日はココナッツミルクの入浴剤を使ったんだな…。ん?少し塩が交じる……泣いたのか!? )」 ソファーの辺りに香った、彼女の独特な涙の匂いに気付き、何かあったのかと焦って寝室へと入る。 「 ハニー?ただいま… 」 真っ暗な部屋の中で、こんもりの膨らんでる一カ所を見掛けては近付き、出来るだけ冷静を装って話し掛けては肩辺りに触れ、髪へと鼻先を押し当てる。 「 ハニー……?どうした?( 呼吸からイチゴのアイスとマスカットの飲み物が香る。だが…其れよりも涙の香りが強いな )」 少し食べて、それ以上は食わなかったのだろう。 それだけ悲しかったことがあったということだ…。 髪に押し当てていた鼻先を外し、身を起こしては横に座り、綺麗なミルクティーピンクの髪に触れ数回撫でていると、やっと僅かに動いた。   「 ん………ん、なんでもない…。おかえり、ダーリン…早かったね 」 「 …ただいまハニー。もっと早く帰りたかったけどな( コンビニなんて寄るんじゃなかった… )」   10分…いや、5分でも早く帰ってくれば良かった。  心を痛めて居れば、彼女は枕に頬を擦り付けては、俺の手を逃れるように掛布団を頭を隠すようにすっぽりと隠れてしまった。 「( これは、出て来ないな… )」 無理に問い掛けても不機嫌にさせる事を知ってるから、今は余りのこの状況について問うのは止める。 「 マイハニー。今日の夕食は、サーモンのカルパッチョ、ワタリガニのグラタン、豚肉の生姜焼き、どれがいい? 」 「 ………いらない 」 「( え、重症 )」 いつもなら、どんなに調子崩してても、ゲロを吐こうとも飯を腹に打ち込もうとするぐらい食べる事が好きなのに…。 今は、どれもいらない…だと!? 流石に心配になって、平常心を保てなくなる。 「 な、ハニー。リーゲルナッツでも嫌か?アイスは美味しいと思うが 」 「 ……… 」 「 じゃ、蜂蜜レモンティーでも作ろうか。俺も丁度飲みたいと思っていたんだ 」 「 ………お気楽でいいよね 」 「 え? 」 聞き捨てならない発言に、頭が真っ白になった。 お気楽でいい?そんな事は絶対にない。   「 俺は…そんなつもりじゃ無かったのだが… 」 「 ……こっちの気も知らないで… 」 「 ?( そんなに犬が欲しいのだろうか… )」 夕食のメニューが嫌だとは思えないから、 彼女がずっと欲しがってた犬を飼ってやることを許可してないから悩んでるのだろうか…。 それなら、今度の行く予定だが…。 「 ……私がどれだけ、悩んでるか…。貴方に分かる? 」 顔を上げ、暗闇でも分かる程に今にも泣きそうな彼女の表情を見れば、酷く胸が痛む。 俺の一族は…番となったパートナーの感情を痛みを共有する為に、 今朝から胸の辺りがチクチクしてた理由も… 今なら分かる。 「( ……彼女自身じゃないから。本当の心は分からない…。だが…俺だって、というのは違うか… )…すまない。俺には分からない…。君ではないから 」 ハニーがどれだけ犬を好いても、俺が犬を好きになることは無い。 あんな…狼の成れの果てのくせに、人間に人気になった野性味を失ったラブリーな生物など、同種と思いたくないからだ。 「 じゃ…なんで、分かろうとしないの!? 」 「 ……理解はしようとしてる。でも、俺はどうしても…( 犬は… )好かない…… 」 「 っ……じゃ、今迄もずっと黙ってたのって…。嫌いだから……? 」 「 嗚呼……嫌いだな…。居なくていいじゃないか。ずっと二人きりでも、愛し合えばそれで… 」 こうして話してる時も、犬なら真ん中に入っては空気を乱すだろう。 可愛い顔して喧嘩を止めて…。 そんな事をすれば、話し合いなんて一向に出来なくなる。 俺はハニーと向き合いたいんだ。 こうして感情的に物事を言ってくれるのでさえ、学生の頃は全く無かったから嬉しいと思ってしまうんだ。 「 っ……私は欲しかった!だから、だから…悩んでたのに…。そんなにいらないなら…。いらないって言う人と結婚すれば良かったじゃない!! 」  「 っ……!!? 」 声を張った彼女が、大粒の涙を流せば… 其れは掛布団に落ちたと同時に綺麗で小さな真珠へと変わってしまった。 「( 泣かせて……しまった…… )」  夜に好きで鳴かせるのとは違う……。 本気で、泣かせてしまった事に流石に戸惑えば、顔を両手で隠して、震えてる身体にそっと手を伸ばす。 「 ハニー……すまない……。でも、俺は…君以外と結婚なんて考えたことないんだ…… 」 「 ……しらない…。もういい… 」 伸ばした手を跳ねるように拒まれ、顔色を暗くしたままベッドから下りていく様子に驚く。 「 ハニー…待って、何処に行くつもりだ 」 「 ……出て行く 」 「 は??こんな夜に出せるわけ無いだろ!それに、今のハニーを一人には出来ない! 」 ベッドから下りて一歩踏み出した其の細い手首を掴めば、然程力の無い手で振り解こうと振った。 「 離して!! 」 「 離さない。離したら出て行くだろ 」 父親が住んでるところまでは遠い…。 それなら車で、何処か行ってしまうだろう…。 「( それに今…手を離してしまえば、ハニーきっと…海に消えてしまう )」 知っているんだ…。 犬となって側にいたから…。 其の時に、彼女と風呂場で水浴びをして遊んだ時に息を呑む程に可憐で美しい人魚になったのを見たから…。 御伽噺のように、俺は王子様では無いし… この現実も違うけれど…。 いつか泡になって消えてしまうんじゃないか、 その不安から過保護になってるのも知ってる。 でも、それでいいんだ……。   俺だって、彼女が居なくなれば…… 消えてしまうような脆い存在なのだから…。   「 今……千景の、顔を見たくない…… 」 「 ……ならせめて、寝室で寝てくれ。俺は書斎の方で寝るから… 」 ほんの些細なことで怪我をしてしまう彼女の脆い身体が… ベッドの無い場所で寝れば負担になってしまう。 そんな事はさせられないと、掴んでいた手首をそっと離せば、彼女はその手首に触れて顔を背けた。 「 ………私達、もうやっていけないと思う……。離婚、しよう…… 」 「( 嗚呼………心が壊れそうだ……… )」 流石にそのセリフ…… 聞きたくなかったな……。 たかが犬のせいで離婚? 冗談じゃない……。 「 ミア………。俺がずっと優しい男と思ってるのか 」 「 っ!! 」 あぁ…… 理性が崩れる……。 「 馬鹿言え。御前と離婚するぐらいなら、無理心中でもするわ。まぁ…その前に、御前を愛せる奴が…この世に俺しかいないってこと…しっかり教えてやるよ 」 俺は犬のように尻尾を振れない。 健気に飼い主を待つような質ではない…。 欲しいものは、執念深く獲物が力尽きて倒れるまで追い回す程の体力がある…狼なんだ。 「 ま、って……い……や…… 」 「 逃さない…。骨の髄まで喰らってやる 」
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