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〇同・客室・中・ベッドサイド
ダブルベッドのサイドテーブルにペットボトルの飲料が一本置いてある。
白いナース服の上に、かわいい動物の刺繍が入ったエプロンをつけた楓、ベッドの上に座ってスポーツバッグを開ける。
中から「カランコロン」と音をさせて取り出したのは、赤ん坊用の玩具、がらがら。
楓「見て、これ。社員割引きで買った」
イスに座ってペットボトルの飲料を飲んでいた堀、それを見て微笑み。
堀「言ってくれれば僕が買ったのに」
楓「プレゼントしたかったんだよ、店長に」
堀「『店長』やめてよ、今は」
楓「ごめん。秀君」
楓、持っていたがらがらを「カランコロン」と音させながらベッドに置く。
堀「いい音。気に入った。どうもありがとう」
楓、その言葉に微笑みながら、スポーツバッグに手を入れる。
おしゃぶりとシッカロールを出しながら。
楓「大丈夫だった?避難経路」
堀「うん。ちゃんと確認した」
楓「何度確認してもいつものホテル、いつもの部屋だよ」
堀「やらないではおれないんだよ」
楓、サイドテーブルのペットボトルに手を伸ばす。
楓「トラウマなんだね。もらうね、これ」
堀「どうぞ」
楓、ペットボトルのキャップを開けて一口飲む。
楓「私も知ってるよ、そのビル火災。ニュースで見た。確か、高校生の時」
堀、自分のペットボトルをじっと見ると、ひとりごとのように。
堀「煙がすごくて、炎がすぐそこで。とても助かると思えなかった。いっそ死んでしまえば楽になれると思った」
楓「そんな」
堀「でも、気づいたら建物の外。生きてた。僕はあそこで一度生まれ変わった」
楓「ブラック企業だったんだよね。初めての会社」
堀「超ブラック。火災で死ななくても、あのままならあそこで殺されてた。辞められてよかった。でなきゃ、北沢さんとも出会えなかった」
楓「『北沢さん』じゃないよね」
堀「ごめん。楓さん」
楓「生きててよかったね」
堀「うん。ちょっとトイレ」
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