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小さな洞窟の前にたどり着くまで、あっという間だった。四つん這いになった熊(結局ツキノワグマだった)に跨り、一直線に山を目指して出発した。案内人であるラグ姉を前に乗せて発進したそれは、思ったよりも速いスピードで進んでいった。それはもう、息ができないくらいに。振動が直に伝わり、ちょっと気持ち悪くなるくらいに。
「……乗り物酔いかしら?」
熊タクシーを降りてから、ラグ姉はそっと背中をさすってくれた。ありがとう、本当にラグ姉がいてくれて助かるよ。
落ち着いたところで、入り口の狭い洞窟を進んだ。
タクシー曰く、「ここは通れません。申し訳ありませんが、このあとは自分たちの足で進んでくだせえ」とのことだった。オレが屈んで通れるような狭さだ。あの二メートルは超える巨体は、さすがに通れないだろうと察した。
ある程度進むと、広い場所に出た。懐中電灯で照らすと、辺りにキラキラした鉱石のようなものが目に映った。赤や青、緑に輝くものもある。成分で色味が変わるはずだけど、一箇所にいろんな色の鉱石があるのは珍しい。
「綺麗だなあ」
「宝石みたいでしょう。ここの名物なのよ」
ラグ姉は慣れたように、解説をしながら進んでいく。オレの身長くらいある岩をぴょんと乗り越え、次の行き先を示してくれる。ようやく追いつくと、また軽々と岩を超えていく。改めて、猫の脚力はすごい、とそんなことをしみじみと感じていた。
「こっちよ」
「分かった、今行くよ」
普段鍛えていないはずのラグ姉は、軽々と先に進んでいく。
ふと、岩場にいるラグ姉を照らしながら、その不釣合いな組み合わせに違和感を覚えた。
「ようやく追いついてきたわね。もう少しよ」
腕を伸ばして白く光る岩を掴む。鈍く光る岩は眩しいというより、暖かさを感じるような、やさしい光だ。おかげでラグ姉がどこに行ったのかも、懐中電灯を照らさなくても分かった。
ほどなくして、洞窟の出口が見えた。それこそ、眩しい光は容赦なく目の中に飛び込んでくる。ラグ姉の声を頼りに、目を細めながら外に出た。
外は大森林だった。見上げてもてっぺんが見えないくらい高い木々。生い茂る、自分たちの身長を楽々超える巨大な葉。足元には落ち葉だったものがたくさん敷き詰められ、すっかり腐葉土になっている。まだ蒸し暑い感覚がないだけ、よかったのかもしれない。
洞窟の中も歩きづらかったけど、この土もなかなか歩きづらい。踵が沈み、重心が安定しない。平坦な道かと思えば、大きな木の根っこがつま先に引っかかり、うまく進めない。少し歩いただけで、靴の横が茶色に変色していた。
歩きづらいのは、オレだけじゃない。ラグ姉も同じだった。いや、それ以上に、泥が跳ねないように気を付けているようにも見てとれた。
「……ラグ姉が案内役でよかったのかな」
ふと、歩きながら思ったことをそのまま告げた。
「あら、どうして?」
「綺麗な毛並みだから、手入れとか大変じゃないのかなって。ここは、洞窟はあるし、岩場は登るし、森の中は歩くし。汚れるのとか、気にしないのかなって思っただけ」
「気を遣ってくれているの? ありがとう。紳士なのね、バイト君。……そうね、まったく気にしないと言ったらウソになるけれど、今回は私で適任なのよ。着いたら、きっと分かるわ」
「適任?」
適任という言葉に、どことなく違和感を覚えた。お互いにお互いのことを知って安心しているし、共有している情報は多い。でもそれはあくまで関係性であって、この場に適しているかと言われたら、そうではない。
「それって、どういう――」
どういう意味なのか。そう聞こうとして、先にいるラグ姉に追いつこうと足を前に出す。
途端に、視界がぐるっと回転した。
太い根っこか、腐葉土か、はたまた違う生き物か、罠か。何か分からないけれど、転んだことは分かった。足を滑らせ、体が一瞬宙に浮いて、鈍い痛みが頭に響く。おかしいな。木の葉がクッションになるはずなのにな。そんなことを考えていたのを、反芻していた。
なんとなく、ラグ姉がオレの名前を呼ぶ声が聞こえた。
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