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そんなもの、断じてヒーローではない。彼だって、わかっていると思っていたのに。
「……私は、自分で、飛び出しただけ。あの攻撃は、私を狙ったもの、じゃない。防御魔法を使ったのに、足らなかった、だけ、だから。だから……私は、人間に、殺される、わけじゃない」
彼は息も絶え絶えに、それでもはっきり言う。
「だから、どうか。どうか……戦争は、起こさないでほしい。私達は、全力で運命に抗った。……英雄の息子を、死なせるべきでないと考えたのは、私だ。だから、どうか……」
「ああ、ああああ……!」
自分達のユニフォームには、マイクがついている。掠れていても、ジーンの声は会場全体に聞こえたことだろう。
自分が死にそうになっているのに、彼は最後までそれを心配している。自分の死で、人間と魔族が再び傷つけあうことになるのを恐れている。
それを見て、朝葉は。
「……お前たち、見たか!」
叫んでいた。レンの前で、声を枯らして。
「ジーンは……ジーンは、魔王の息子は!勇者の息子であるレンを、命を賭けて守った。この意味が、お前ら大人にわかるか!もうとっくに終わった戦争に、憎しみに縛られて、くだらねえプライドで戦争しようとしていた奴らにわかるかよ!?なあ、子供達が、とっくに認めて許し合って守ろうとしてるのに……お前らは一体何にしがみ付いて、馬鹿みたいに傷つけあおうとしてるんだ!いい加減、目を覚ませ!こいつの姿を見て、まだ何もわからないのか、わからないほど愚かなのか!!」
人間だとか、魔族だとか。
先祖が殺されたとか、理不尽な眼に遭ったとか。
わかっている。その恨みを忘れろとは言えない。言えるはずがない。しかし、今一度考えるべき時が来ているのではないか。
その憎しみを子孫に引き継いで、人を殺していない者達同士で罵りあって、それで本当に満足なのか。それで、一体どんな幸福が得られるというのかを。
「誰かが……神様とやらが、あたし達の殺し合いを望んでいるとしても!その通りに踊ってやって、あんた達は満足か!?」
朝葉は泣きながら、ひらすら叫ぶ。
「目を覚ませ、馬鹿野郎おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
医療班として待機していた者達が、フィールドに雪崩こんできた。
朝葉とレンの目の前で、ジーンとキリトを運び出していく。あの怪我では、とてもジーンは助からないだろう。重要な臓器がいくつも駄目になっている。既に息もしていない。
守ると決めたのに、ああ、どうして。自分はどうしてこんなにも無力なのか。
「畜生、畜生っ……!」
朝葉が膝をつき、拳を握りしめたその時だった。
遠くで微かに、鈴が鳴るような声が聞こえたのである。
『貴女たちの覚悟、見届けました。……だから、わたくしも、覚悟を決めましょう。どうか……だから、どうか』
「え!?」
聞き覚えのあるその声に、目を見開く。
しかしいくら朝葉が目を凝らしても、声の主を見つけることはついぞ、なかったのだ。
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