<1・何故。>

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 ***  エイプリルの咆哮。  それは、自分達の世界で大人気のライトノベルだった。主人公は人間代表である勇者の息子と、魔族代表である魔王の息子。その二人が互いの世界の存続をかけて戦う、という王道のストーリーである。昨今では珍しい異世界転生・転移要素もなく、チート無双やらスキルやらというものもない。最終的には勇者の息子が魔王の息子を殺し、勇者の息子が泣きながら勝利を宣言する――みたいなところで終わっていたはずだ。  勇者の息子は、魔王の息子に友情を感じていた。あまりにも無情な結末に、多くのファンが涙を流し、朝葉もその一人だったわけだが。 「その世界に異世界転生しろとか言うんじゃねえだろうな……!?」  思わず朝葉は呻いた。 「ノーサンキューだ!確かに、あいつらの話は大好きだし、推しもいる!でも、あの物語は綺麗に、完璧に終わったんだ。夢主やらオリキャラが入り込む余地なんかねえつーか、むしろ邪魔になるだけだろ!あたしは異物にもお荷物にもなりたくねーんだよばーか!」 「夢主?オリキャラ?」 「……と、とにかく。あの世界に入るとかそういうの絶対ごめんだから。物語の中に、未来知ってる奴が入り込んで展開変えるとか、原作への冒涜だっつの!」  昔から夢小説は基本的に地雷なんだよ、とは心の中だけで。残念ながらそのへんのネタは目の前の女神様には一切通じないようだが。 「何か勘違いされているようですが、貴女が読んだ作品はあくまで小説です。その世界に入ってくれというのではありません」  女神は困り顔で言った。 「わたくしが言っているのは、貴女が読んだ“エイプリルの咆哮”の元ネタとなった世界のパラレルワールドなのです」 「元ネタ?」 「そもそも、貴女が読んだ小説。実は、異世界の夢を見た原作者が……自分のアイデアが降りてきたと勘違いして、そのまま小説に書き起こしちゃったものなんです。こういうこと、結構頻繁に起こるんですよねえ」 「なんだとお?」  女神いわく。異世界と異世界は基本不干渉だが、時々夢の中だけで繋がってしまうことがあるというのだ。  そして、当たり前だが夢を見た人間は、それが本物の異世界だなんて思いもしない。夢を見た人間が小説家や漫画家といったクリエーターだった場合、それを元に作品を作ってしまうことがままあるという。  そうして出来上がったのが、朝葉の世界にあったライトノベル“エイプリルの咆哮”というわけだ。 「元ネタの世界には、いくつもパラレルワールドが存在します。今回わたくしが、貴女に転生して頂きたいのはそのうちの一つ。……魔王の子供の数が一人ではなかった……と、その点のみが異なる世界です。貴女には魔王の養女の一人に転生して頂きたい」  お願いします、と女神は頭を下げた。 「詳しい理由は、今はまだ説明できません。時間がないのです。ただ……わたくしは、あれらの世界に定められた、残酷な運命を回避したい。それを望む者達に、思い知らせてやりたいのです」 「め、女神様、でも……」 「貴女が知る物語を改変するわけではないのです。どうか、お願いします。貴女にも……本当はあの場所で、救いたい人がいるのではありませんか」  朝葉は言葉に詰まる。それを、肯定と受け取ったのだろう。女神は少し泣きそうな顔で笑うと、右手を上げて見せたのだった。 「わたくしは、貴女の……前世での生き方を支持します。ゆえに、貴女には、前世の力を授けましょう。貴女なら、きっと……」  そして。  朝葉がそれ以上何かを言う余地もなく――視界は真っ白に溶けていったのだった。
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