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秋(晴琉編)
留学中の寧音と会えない寂しさを埋めるように私はスケジュールを埋めた。寧音と通話できる時間以外は本業の大学の授業、バイト、資格勉強を進めながら教習所へも通っていた。
「晴琉ちゃああん!久しぶりぃ!」
とある日。寧音がいなくて寂しいだろうとモデル業と大学の両立で忙しい志希先輩が時間を作ってご飯へと誘ってくれた。いつまでも面倒見が良くて良い先輩だ。
「久しぶり」
ほぼ志希先輩の保護者と化している鏡花先輩も一緒だった。
「寧音いなくて寂しいでしょ?合コン行く?」
「さすがに先輩でもぶっとばしますよ?」
「やだなぁ。寧音の代わりに浮気しないかチェックしてあげてるだけだよぉ」
「志希。余計なお世話だよ」
呆れる鏡花先輩を気にせず志希先輩は慣れたように次々と注文をする。志希先輩はそれなりに知名度のあるモデルだから個室のある居酒屋で食事をした。個室じゃないとたまにバレて面倒くさいらしい。そもそも志希先輩がまともに変装とかしないせいだと思うけど。でも有名人って大変だなって思う。一番大変なのは振り回されてる鏡花先輩かもしれないけど。
「でもさ~、彼女と遠距離ってバレたら言い寄られない?」
すぐに運ばれてきた飲み物と前菜。綺麗に盛り付けられたちょっとしたサラダを食べようとした手は、志希先輩の言葉によって止まってしまう。まさに先輩の言う通りで、一部の知り合いに寧音が海外留学をしていることをポロっと言ってしまい、デートに誘われる頻度が上がってしまっていたのだった。
「そうなんですよ……二人きりはちょっとって断ってるのに、結構誘われちゃって」
「あらぁ」
「晴琉も高校の頃からモテてたよね。志希と揃うと部活中外野が騒がしくて大変だったよ」
「私たちが魅力的過ぎるからしょうがないよねぇ。ごめんね?」
「自分で言うな」
相変わらず調子の良いことしか言わない志希先輩とそれを甘やかさない鏡花先輩。出会った頃から変わらない光景に懐かしさを感じて何だか安心する。
「寧音はどうだろうねぇ?」
志希先輩が頼んだ名前の分からないけどお洒落な料理をつまんでいた手が止まる。一気に心は不安でいっぱいになった。
「ちょっと、志希。晴琉の顔死んでる」
「え?あ、ごめん!モテるかどうかってだけの話だよ~。寧音が浮気なんてする訳ないない。晴琉ちゃんのこと大好きだもん。この私が本当にちょっとだけ嫉妬するぐらいにはね」
「もう、余計なことしか言わないんだから。大丈夫だよ晴琉。私も寧音とは連絡取ってるけど、相当晴琉に惚れてるって話してるだけで分かるから」
分かりやすくテンションがガタ落ちした私をなぐさめてくれる先輩たち。私は別に前から知り合いの人たちにワンチャン狙われているだけだから、適当に流すことができる。でも寧音は海外に行ってきっと新しい出会いがたくさんあって……。
「あ、でも旅行先のテンションで、ハイになって一夏の恋みたいなのとかあるかなぁ!」
「志希そろそろ止めなさい。というかもう夏終わったよ。はぁ……あんたが晴琉が元気ないんじゃないかって言い出したからお店予約したのに」
「ごめんごめん。晴琉ちゃんコロコロ表情変わるから面白くって……晴琉ちゃん?あれ?本当に落ち込んでる?」
「……寧音帰って来ても、志希先輩には会わせませんからね!」
「え⁉えぇ~⁉ごめん!ごめんってばぁ!ほら何でも注文していいから」
「最初からそのつもりですぅ!」
生意気な返事を口ではするけど、これは志希先輩の変な癖のせいだった。こうしてふざけながら食欲旺盛な私が遠慮しないように誘導してくれているのだ。割り勘で良いです、と伝えているのにいつも気付いたら支払いをしてくれている。テキトーなのにスマートで、本当に不思議な人だ。食事代の代わりに引っ越しの手伝いとか雑用でも、できることがあればすぐに駆けつけて恩返しはしている。
「正直言うと……寧音が誰かに言い寄られてたら嫌ですけど、それほど心配はしてなくて。本当に心配なのは、そいうことじゃなくて……留学して、将来海外で暮らしたいってなったらどうしようって……思って」
寧音と連絡を取ってはいても直接会えない寂しさはある。そうして積もった寂しさによって新たな不安が生まれていた。寧音が描く将来に、私は一緒に居られるのかどうか、ということだ。
「遠距離は辛いし……でも今の私はついて行くよって言える自信がないです。海外の経験なんてほとんどないし、一緒に居てお荷物になるのは嫌なんです……だからといって寧音が私と一緒にいたいと思ってくれて、それで本当は海外に行きたいのに我慢したり、諦めたりするのも嫌なんですよ……どの道このままじゃ寧音の足を引っ張るのかぁって、最近思っちゃって……」
「晴琉ちゃん……大人になったねぇ」
対面に座っていた志希先輩の細くて長い腕が伸びてきて、頭を撫でられる。私の悩みを聞いてどこか嬉しそうにしている。
「何で嬉しそう何ですか?」
「んん?ちょっと前までは『寧音が朱里とデートしたぁ!』って超くだらない理由で妬いてたのに、って思って」
「そ、そんなのずっと昔の話じゃないですか!」
「あれぇ?そうだっけ?まぁいっか……話戻すけど、ありえない話じゃないかもね。寧音のお家、親が海外出張とかしてたし、寧音自身も色んな国に連れて行ってもらってたしね。憧れはあるだろうねぇ」
「……そうですよね」
志希先輩の言葉にテンションが下がる。今なら自分の方が寧音のことを理解できていると豪語する自信はあるけど、私よりずっと小さい頃から寧音のことを見守っていた先輩の言うことに説得力がなくなる訳ではない。
「志希、不安を煽るな」
「ごめんごめん。でもさぁ晴琉ちゃん。寧音は晴琉ちゃんが悲しむような未来は望んでいないと思うよ?それに何かを諦めてでも晴琉ちゃんと一緒に居ることをあの子が望んだとしたら、そのことで後悔するとは思えないんだよね……というか寧音が後悔するようなことをもし晴琉ちゃんがさせたら……私が許さないけど」
「脅すな。途中まで良かったのに」
「ごめんごめん」
いつもと変わらずニコニコと話す志希先輩。「許さない」という言葉だけは目が笑っていなくて気が引き締まる。
「……私が見ている感じだと、寧音は晴琉と一緒にいる為に将来設計をしているように見えるけどね。それを晴琉が自分のせいで寧音の将来が良くないものになる、って思うなら……そんなにダメな存在だって自分自身のことを思っているなら、むしろさっさと別れるべきだと思うけどね」
「ちょっと!私より厳しいこと言ってない⁉」
「申し訳ないけど……私だって晴琉のことを大事な後輩だと思ってはいるよ。でも寧音のことも大事な妹みたいに思ってるから。先輩としては甘やかしてあげるけど、姉としては厳しい目で見させてもらうよ」
鏡花先輩も中学の頃から寧音とは知り合いで、今でも寧音が先輩と連絡を取り合っているのを知っている。先輩であり、恋人の姉のような存在である二人の言葉は身に染みる。
「……はい」
「まぁでも、そうやって寧音とのこと、真剣に考えてくれてるだけで嬉しいけどね……自信がないって言うけどさ、晴琉は結局具体的に何が足りないとかあるの?」
「え……何だろ」
「漠然と不安なんだねぇ……寧音だってたぶん、晴琉ちゃんが寧音のことで不安を抱えて何か思い詰めたり、頑張り過ぎたりするのは嫌がると思うけどね。大人になって心配事も増えるかもしれないけどさぁ、晴琉ちゃんは晴琉ちゃんらしく、真っすぐ自分が思うようにしたら良いと思うよ……いつもみたいな笑顔でね」
「はい……って痛い痛い!なんでほっぺた引っ張るんですか⁉」
志希先輩は私の両頬を楽しそうに引っ張っていた。「柔らかいからさぁ」って理由になっていない。でも先輩たちの愛ある言葉に私の積もっていた不安な気持ちは確かに減っていた。
その後結局先輩たちのご厚意に甘えてお腹一杯食べさせてもらった。幸せな気持ちで店を後にする。
「志希先輩」
「ん~?」
「先輩も寧音に連絡取ってあげてくださいね」
「……気が向いたらね」
志希先輩と寧音の関係は少しややこしい。勝手に二人がややこしくしているだけに感じるけど。先輩は簡単に人の心へ入り込んでくる図々しいところがあるのに、寧音に対しては妙に引いたところがあって、寧音の方は寧音の方で不器用なところがあるから、二人は本当の姉妹くらい大事に想い合っているくせに、変に距離を取ろうとする。
「絶対ですよ!約束ですからね!」
「は~い」
「それじゃあね、晴琉」
「はい!失礼しますっ!」
きっちりと挨拶をして先輩たちと別れた。帰路へと向かう私の足取りは軽かった。私が暗い気持ちでいたら寧音だって暗くなってしまうから。私は前向きに寧音と一緒に居られる将来を見つめ直していきたい。
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