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春(円歌編)
大学生活も恋人の葵との同棲生活も一年が経って、自分自身に馴染んできた。そして馴染んできたからこそ言い出せなくなった悩み事がジワジワと私を侵食していた。
「ねぇ寧音……ちょっと、相談があって……」
「どうしたの?」
親友である寧音を家に招いて尽きない話をしていた。今日は葵が出かけているから、二人で話すにはちょうど良かった。寧音はいつも落ち着きと余裕があって、相談をしたら何でも答えが返ってくるような安心感がある。
「あのね……その……夜のことなんだけど……」
「夜?」
寧音が持って来てくれたオススメのお菓子と一緒に紅茶を飲んでいた。紅茶も誕生日に寧音からもらったものだった。どちらも美味しくて私好みの味だった。
「そう、夜のこと……葵との……」
「あぁ……ゆっくりでいいから」
「うん、ありがとう」
ローテーブルを挟んで向かい側にいた寧音が傍に寄って背中を撫でてくれた。言い淀む私を見て、ただの惚気話ではないことを察してくれている。
「葵ね……触れさせてくれないの……恥ずかしいだけなのかなって思ってたけど、なんか、本当に嫌なのかなって思ったら、ちょっと気になって……気にし過ぎかなぁ」
「ずっと断られてるの?」
「断られてるどころかお願いしたことも、たぶん……ずっと前に1回聞いたくらいかな。それから全くそういう話してないから、言い出せなくなっちゃった」
「そう……」
「私はね、その、満足してるから……私自身は不満なんてないんだけど、でも、やっぱり葵にも同じようにしてあげたいって、そうしたほうがいいのかなって、ずっと思ってて……」
「……私の所感でしかないのだけれど」
「うん」
「葵ちゃんって、すごく変化を恐れている気がするの。円歌とずっと幼馴染の関係でいたことも、それから付き合うまで時間がかかったことも考えるとね」
「……うん」
「でも、今はもう葵ちゃんはそれ以上に、円歌と向き合えないことのほうが恐いと思う。このまま葵ちゃんに気持ちを伝えないで、円歌が静かに悩み続けているほうが、辛いんじゃないかなって思うの」
「……そっか……うん、そうかもしれない」
「私は二人の関係が簡単に壊れたりしないって信じてるから……円歌が私に相談したくなるくらい気になるなら、一度真剣に話したほうが良いかなって思う」
「うん……ありがとう寧音」
「お礼は上手く話合えたら言って」
「は~い」
葵と真剣に話し合うことなんて、いつぶりだろう。同棲の段取りを決める時も、一緒に暮らす上でルールを出し合った時も、楽しくて仕方がなかった。ちょっとしたケンカはあるけれどすぐに仲直りは出来ていたし、昔よりも一緒の時間が増えて幸せだった。この積み重ねた時間があればきっと、私の悩みも一緒に乗り越えられるだろうか。
「……円歌が調子に乗りそうだから言いたくなかったのだけれど」
「ん?何?」
「私が晴琉ちゃんにアプローチしたきっかけはね、二人が幸せそうだったからなの」
「え?そうなの?」
「そう……二人みたいな恋人同士の関係に憧れたから、私は晴琉ちゃんに恋をしたの」
「へぇ~……そうなんだ……」
「だから、いつまでも幸せでいてね」
「……うん」
そんな風に寧音が私たちのことを見ていたことを初めて知って、何だか照れてしまう。私だって寧音から憧れてもらえるような関係にいつまでもいたい。気になることは葵とちゃんと話し合ってみよう、そう心に決めた。
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