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秋(葵編)
「えぇ~!じゃあ幼馴染と付き合ってるの⁉」
「まぁ、うん」
同じ学部でようやく一緒にご飯にも誘えるようになった子ができた。前々から行ってみたいと思っていたバンドのライブ会場で偶然出会ったのがきっかけで話すようになった遼(りょう)ちゃん。その後他学部で同じサークルでもない円歌と一緒にいるところを何度か目撃されて関係性を聞かれた時に、隠すことでもないかと思って正直に話した。もう「ただの幼馴染だよ」と言いたくなかったのもあるけれど。
遼ちゃんはアシンメトリーの紫がかった青色のショートヘアーが良く似合う、少し不思議な雰囲気のある女の子だ。高校の頃には軽音楽部でベースをやっていて、運動は苦手らしい。完全な夜型で朝練なんてする文化のある運動部のことはありえないと思っているそうだ。
「漫画みたいだね!ねぇねぇ、いつから意識したの?どういうタイミング?」
私と円歌の関係性を聞いて目をキラキラと輝かせて質問を重ねてくる。漫画やアニメ、音楽の趣味を聞く限り、結構サブカルチャーが好きなタイプなのだと思う。
「えぇ?えーっと……気付いたら好きだったというか……」
「それって初恋?」
「一応……」
出会った頃の話なんてするのは久しぶりで、何というか少し恥ずかしい。
「あ、ごめん!嫌だったら全然言わなくて大丈夫!ごめんデリカシーなくてさぁ」
「あ、うん、大丈夫」
戸惑っているのが伝わって、すぐに遼ちゃんは話を変えようとしてくれた。あまり表情が豊かではない私の心の機微を感じ取って、気遣ってくれる遼ちゃんは器用な子だと思う。実際彼女の周りにはファッションも性格も個性的な子が多く、多種多様な友人関係を築いているのが付き合いの浅い私でも分かるほどだった。
「ずっと想っていた人と付き合えるなんて幸せだね」
「……うん」
自信を持って答えたいのに、少しだけ間を空けてしまったのは何故だろう。
「――葵?どうしたの?」
「……なんでもないよ」
遼ちゃんと話した初恋の話が引っかかり、家に帰ってもずっと調子は出ないままだった。普段と変わらない態度を装ってみても、ほんの少しの変化すら円歌には簡単に見抜かれてしまう。
「ならいいけど……他のこと考えながらちゅーしないでよ」
「ごめん」
心にモヤモヤを抱えたまま円歌のことを抱こうとしていた。八つ当たりをしているようで情けない。円歌のパジャマに忍ばせていた手を引き抜いて、抱きしめ直した。もう一度小さな声で「ごめん」と呟くと円歌は頭を撫でてくれていた。
「何かあったんでしょ?……教えてよ」
「……毎日が幸せ過ぎて不安になった」
「それ本当?」
半信半疑な円歌の声が耳元から聞こえる。円歌の読み通り、様子がおかしい理由の半分は違うところにあった。
遼ちゃんから言われて久しぶりに思い出してしまったのだ。自分がずっと円歌のことを想っていた間に、円歌が志希先輩と付き合った事実を。数か月だけであったとしても、ただの幼馴染だった私とは違う確かな「想い」を円歌が志希先輩に抱いていた事実を思い出してしまっていた。もう付き合って4年は経つのだから、気にしなければいいのに。どうしたって思い出しては苦しくなってしまう。だって私は円歌のことしか好きになったことがないから。円歌としか付き合ったことが私は比べようがないけれど、円歌がどこかで無意識だとしても志希先輩と私を比べてしまうことがあるのではないかと思っていた。付き合ってから今までずっと、未だに私は元恋人の影に勝手に怯えているのだった。
「うん。ごめん、こうしていたら楽になるから……このままでいさせて」
「ん、」
円歌は私の頭をもう一度撫でて、後は背中に腕を回してギュッと抱きしめてくれていた。聞いてはいけないラインなのだと分かっている。「志希先輩の方が良かった?」なんて決して聞いてはいけない。そんなこと今更意味のない質問でしかない。
「円歌……好きだよ」
「うん。私も好き」
円歌の「好き」という言葉を信じているならば、聞く必要なんかない。
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