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秋(寧音編)
海外留学をして数か月が経った。慣れない暮らしと文化に触れるのは大変なこともあるけれど、今のところ大きな問題はなく順調だった。観光が中心の旅と違って勉強が目的の留学はまた違った刺激があって楽しい。
「……会いたいな」
それでも、いくら充実した留学生活を送っていても、恋人と会えない辛さは募るばかりだ。声を聞きたいから通話をしたいけれど、時差があるから中々予定を合わせるのが難しい。私自身スケジュールを詰め込んでいたのもあるし、晴琉ちゃんも教職課程を受けたり教習所に通うようになったりして忙しく、今夜は久しぶりに予定が合った。
留学先の寮は狭いけれど相部屋ではなく一人一人部屋が割り振られていたから、通話をするには迷惑がかからず都合が良かった。晴琉ちゃんから連絡が来る予定の時間までスマホを握りしめながら自室のベッドに寝転んでいた。
スマホの通知音にすぐに反応してしまう。晴琉ちゃんの名前が画面にポップアップされている。すぐにでも声を聞きたいのに、ずっと待機していたとバレてしまうのは恥ずかしくて、少しだけ待ってから通話ボタンをタップした。
「寧音?」
「おはよう晴琉ちゃん」
「おはよー」
晴琉ちゃんがいる日本はまだお昼だから仕方がないとはいえ、おやすみを言ってもらいたくて通話をしているのにおはようと挨拶するのは不思議な感覚がする。
「今日も楽しかった?」
「うん!あのね――」
お互い印象に残った出来事を話し合う。共有したいことがあればすぐに写真やらメッセージを送り合ってはいるけれど、やっぱり話してもらうのが一番相手の温度を感じられて嬉しくなる。
「食事とかどう?慣れた?」
「気を付けてるけど、ちょっと太ったかも」
「そうなの?まぁ寧音は痩せすぎだからちょうど良いと思う」
「ほんと?……帰る頃にすっごく太ってたらどうする?」
「そうしたら一緒にトレーニングしよ!健康な体作りは得意なんだよ!」
これは心強いけれど晴琉ちゃんとのトレーニングは結構ハードそう。もっと食生活に気を付けないと。
「あ、もうそっちは深夜なんだっけ?」
「うん」
「じゃあそろそろ――」
「ねぇ晴琉ちゃん」
「ん?」
「……寝るまで繋いだままでも良い?」
「うん、いいよ。じゃあこの前あった葵との話でもしようかな」
晴琉ちゃんはどうやら私が留学している間に自身も成長したいと言って、資格勉強やら色んなことに挑戦しているようだと円歌から聞いていた。忙しいだろうに私の我がままを迷いもせずに受け入れてくれる優しさが、甘えるのが下手な私にとって救いだった。
晴琉ちゃんの優しい声を聞きながら目を閉じる。いつも寝つきが悪いくせに、こういう時に限って順調に眠気に誘われていく。まだ晴琉ちゃんの声を聞いていたいのに、心地良い恋人の声が聞こえ続けて、私はもう眠気に抗うことなんてできなかった。
「――それでね……あれ?寧音?……おやすみ、寧音」
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