冬(寧音編)

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冬(寧音編)

 半年ぶりに海外留学から日本へ帰って来た。その日は両親に空港まで迎えに来てもらって、家でゆっくりと過ごした。翌日、ようやく恋人である晴琉ちゃんに会える。 「寧音!おかえり!」  晴琉ちゃんのマンションの部屋に着いてドアを開けるとすぐに思いっきり抱きしめられた。久しぶりの大好きな匂いや声や体温、五感に訴えかける全ての感覚に晴琉ちゃんへの愛おしさが込み上げてくる。 「……ただいま」  思わず泣きそうになるのを何とか抑えてゆっくりと言葉を返した。私の返事を聞いた後に晴琉ちゃんは強く抱きしめていた腕を緩めて私の顎を手で上げるとキスをした。どちらからも止まることなんて出来なくて、しばらくの間ずっと玄関で靴も脱がずにキスをしていた。 「……そろそろ部屋上がろっか」 「うん」  部屋に上がってお茶を入れてもらう。ソファで一息ついたらまたすぐにくっついて、また晴琉ちゃんからキスが再開される。 「……晴琉ちゃん積極的だね」 「それはそうでしょ。久しぶりなんだから……出掛けるまでする」 「ん……待って……」 「えぇーなんでよぉ」 「これ以上キスされたら……我慢するの、つらい」 「あー……そ、そっか。うん、そうだね……」  私が言ってる意味が分かった晴琉ちゃんは顔を赤くしてキスを止めた。でもずっと抱きしめてくれて私も受け入れる。今日はこの後円歌と葵ちゃんと食事をする為に出掛ける予定で、キス以上のことをする時間はなかった。 「出掛けるまでくっついてるままがいい」 「そっか」 「ねぇ晴琉ちゃん」 「んー?」 「続き……夜にしようね」 「え、あ、うん」  今日は晴琉ちゃんの家に泊まる予定だった。久しぶりだからか、こんな単純な言葉を耳元で囁いただけなのに、晴琉ちゃんの耳は真っ赤だった。 「かわいい晴琉ちゃん」 「またすぐかわいいって言う……この半年で大人っぽくなったでしょ?」 「そうなの?」 「えぇ~?車の免許も取ったんだよ?そうだ、今度ドライブ行こうね」 「そういえば言ってたね……うん、楽しみにしてる」  その後は出掛ける時間までずっとこれからのことを話し合った。ほとんど留学中に話したデートの予定のことばかりで、この時間が幸せだった。   「――寧音!わぁ~久しぶり~」  夕食は円歌が選んでくれたお洒落な居酒屋さんで、女子会コースというものがあるらしい。会うなり円歌に抱きしめられて。普段抱き着いたりしない葵ちゃんにも催促したら照れながらも抱きしめてくれた。その後半年ぶりに会ったから女子会は盛り上がり終電のギリギリまで一緒に過ごしたのだった。 「はい、お水」  円歌たちと別れて、晴琉ちゃんの部屋に一緒に帰る。円歌と晴琉ちゃんはまだ未成年だから葵ちゃんと私だけがお酒を頼んでいた。晴琉ちゃんに心配されるくらい酔ってしまったのは、久しぶりに訪れる恋人との夜の時間への緊張を紛らわしたかったから。 「ありがと……」 「顔めっちゃ赤いけど大丈夫?」  私を気遣い背中をさする為に触れた晴琉ちゃんの手に、大げさなくらい反応してしまう。 「寧音?」 「……晴琉ちゃん……続き、したい」  お酒も飲んでいないのに今度は晴琉ちゃんの方がずっと顔が赤くなっていた。私と同じように、緊張してくれていたら嬉しい。  それからすぐにベッドへと雪崩れ込んだ。久しぶりだから優しくして欲しいという私のお願いを晴琉ちゃんは聞いているようで全然興奮を抑えられていなくて、だから、すごく強引だった。お願いをしておいてそれを愛おしく思った。  久しぶりの情事と酔っていたこともあって、恋人の腕の中で私の頭は心地良さでいっぱいになっていた。だからきっと油断していたのだと思う。普段ならしないミスをしてしまった。 「はぁ……やっぱり晴琉ちゃんがいい」 「……え?」  私に触れていた晴琉ちゃんの動きがピタっと止まって、自分が頭で思ったことを口にしてしまったことに気付いた。 「何それ……ねぇ、誰かと比べたの?」  悲しい顔をした晴琉ちゃんに問い詰められる。“誰か”と比べたわけではなかった。半年間の遠距離恋愛は想像以上に寂しくて、でも浮気なんてするわけがなかった。私は晴琉ちゃんが思っている以上に晴琉ちゃんのことが好きで、好き過ぎて――。 「あ……待って、晴琉ちゃん。違くて……あのね……」  ちゃんと言葉の意味を伝えないといけないのに、それは私にとって今までで一番と言っていいほど恥ずかしいことだった。 「あのね、違うの。誰とかじゃなくて……じ、自分と比べて、って……意味で……」 「……え?あー……あ、そういう……」  ちゃんと答えないととは思って見ても目を見て伝えることなんて出来なくて、手で顔を覆った。晴琉ちゃんの戸惑う声を聞いて意味が通じたことが分かって、余計恥ずかしくなる。留学をしていた頃、寝る前に晴琉ちゃんが電話越しで好きだとたくさん囁いてくれた夜に、我慢できなくなって……でも、全然違った。晴琉ちゃんが留学前に私が忘れないように、ちゃんと体に覚えさせるようにたくさん愛してくれたから。それと比べたら全然違って、何も良くなかった。そして今、やっぱり全然違うことを思い知らされて、自然と口から言葉がこぼれてしまったのだった。 「……引いた?」 「引かないよ……ねぇ、えっちな動画とか寧音は見るの?」 「見ないよ……晴琉ちゃんじゃないんだから」 「え゛、いやいやそんな見てないから。それよりさ、じゃあ……どうやって、したの?」  顔を覆っていた手は簡単に晴琉ちゃんによって取り払われて、目を背けようと思っても頬に添えられた熱い手によって無理やり合わせられる。晴琉ちゃんの私を見る目がすごく色っぽい。そしてすごく興奮していて、その息は熱くて、顔にかかるくらいの距離で。「教えて」って強気な態度でねだられたら、私はもう、話すことしかできない。 「……晴琉ちゃんのこと考えながら……してた」 「へぇ……寧音の妄想の中で、私、何したの?いつもと違うこと?」 「もう……私そんな変態じゃない……いつもみたいに、優しくしてくれたことしか、考えない……」 「ほんとぉ?……寧音はして欲しいことないの?」 「晴琉ちゃんがしたいこと、して欲しい……ねぇ、もう良いでしょ?まだ、全然足りない……晴琉ちゃん。もっと……」  もう話を変えて欲しくて、それに早く、もっと晴琉ちゃんを感じさせて欲しくて自分から晴琉ちゃんの首に腕を回してキスをした。  それから私の意識がなくなるまで晴琉ちゃんは離してくれなくて、意識が戻ったのは晴琉ちゃんがバタバタと大学へ行く準備をする音を聞いた時だった。まだ寝ぼけている頭で覚えていたのは「行ってきます!」という声が聞こえたことと、私の頬にキスを落としてくれたことだった。 「――ただいまぁ!」 「おかえりなさい」  結局この日は午後まで眠ってしまった。夕方にようやく起きて、シャワーを借りて、晴琉ちゃんのベッドを綺麗にして、晩御飯を作った。帰ってきた晴琉ちゃんと一緒にご飯を食べて、ソファで抱きしめ合ってゆっくりと時間を過ごす。 「昨日からずっと怠けてる……」 「いいんじゃない?たまにはさ。寧音いつもしっかりしてるんだから。もっと甘えなよ」  晴琉ちゃんに頭を撫でられて笑顔で言われたら、それで良いような気がしてしまうのだから不思議だ。 「じゃあ……今日はこのままでいる」  言葉に甘えて私は久しぶりの恋人との甘い時間を存分に味わった。
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