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春(葵編)
今日は円歌が寧音と出かけると言うので留守番をしていた。サブスクに登録している動画配信サービスをタブレット端末で適当に流し見しながらスマホでSNSを見るという、最高に怠惰で贅沢な時間を過ごしていた。社会人になったらこんな風に過ごす日も減るのだから、たまにはいいだろう。
お昼ご飯も宅配サービスを利用した。それほどお腹も空いていなかったから、混んでいる食事を避けて食事を取っていると、スマホに寧音からメッセージの通知が届いた。
「え、かわぃ……」
思わず声が漏れたのは、寧音から円歌の写真が届いたからだった。二人はとある有名なホテルのアフタヌーンティーへ行くと言っていた。映っていたのはお洒落に盛り付けられたスイーツと、それを美味しそうに口に運ぶ円歌の姿。
私が甘い物が苦手でついて行けないと知っているから、寧音はこうして写真だけでも撮って送ってくれたのだろう。会えば「羨ましいでしょう?」なんて煽ってくるけれど、寧音は結局のところ優しい。
「んーっ」
配信のランキングで上位にあったから適当に流していたドラマが当たりだった。気付けば数時間画面を見つめていて体が固まっていたらしい。大きく伸びをして一旦動画の視聴を止めた。これは円歌にも勧めて続きを一緒に見るべきだ。
再びスマホに手を伸ばすとまた寧音からの通知があった。お洒落な装飾が施された部屋とカメラを持つ円歌の写真。そういえば今日は寧音を被写体に撮影をしてくると言っていた。円歌の背後に写る随分と煌びやかな部屋に違和感を覚える。わざわざスタジオを借りたのかな?いやでも結構お金かかりそうだけれど……。
「――ただいまぁ」
「おかえり」
しばらくして夕飯の前に円歌は帰ってきた。美味しいスイーツの数々と充実した撮影を終えたようで、ご機嫌だった。
「見て見て!」
寝る前まで時間をゆったりとソファで過ごす。円歌に本日の収穫である写真を見せてもらっていた。サークル活動で報告するもので顔出しは嫌だということで、寧音の体のパーツと家具が画角を工夫して撮られていた。芸術に造詣はないけれど、光のバランスとかお洒落なのは伝わる。
「雰囲気あるね」
「寧音姿勢が綺麗だから体の一部分だけでも品が出るの」
「あぁ、なるほど……てかさ、ここどこ?スタジオとか借りたの?」
「え?そんなお金ないよ。ここラブホだよ」
「は?」
いやいや、恋人以外とラブホテルに行くやつが……いや、前に晴琉が友人たちと女子会をしたと言っていたような……。
「内装が凝ってるとこでね、撮るの映えるんだよ」
口を半開きのまま固まる私に構わず円歌は嬉しそうに写真を見せてくる。
「葵?聞いてる?」
「……ラブホ行くなら言ってよ……」
「え?なんで?」
「いやなんでって……いくら寧音でもさぁ、ちょっと、ね……事前に言って欲しい……」
「そっか、ごめん葵」
「それに、葵たち、行ったことないじゃん……」
事前に撮影だとは聞いていたし、寧音と何かが起きるなんて心配はしていない。でも何となく、こういう所に円歌が他の人と行くのは抵抗があった。
「……じゃあ、今度一緒に行く?」
「え……」
不貞腐れたような態度を取って、あからさまに催促するような行動を取っておいて、いざ誘われたら動揺した。恥ずかしいのかソファの上で膝を抱えて、少し顔を埋めてこちらを上目遣いで誘ってこられると、こちらまで何だか恥ずかしくなってしまう。付き合ってもう気付けば約4年なのに、恋人からの嬉しいお誘いにはまだまだ慣れそうにもない。
「……うん」
すぐ傍にあった手に触れると熱くて、でもそれは私も同じだった。
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