変化 *サフィーア

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変化 *サフィーア

「母上」 「アレン」  黄色い花が重そうに垂れ下がっているミモザの木の下に置かれたベンチに座り刺繍をしていると、久しぶりにアレンが近づいてきた。  最近は寄宿舎から帰省しても私にあまり近づかなかったのに。    アレンは緊張した面持ちで私の足元に近づいてくると、両膝をつき私の膝にかけてある膝掛けに顔をうずめる。 「あら、珍しく甘えているのかしら?」  それとも思春期が落ち着いたのかしら? と刺繍枠と針を注意しながらテーブルに置き、アレンの頭を撫でる。   「僕は今年十五になりました」 「そうね。あっという間に大きくなったわ」  背はとっくに追い越され、肩幅もしっかりしてきた。少年から青年へ、まだまだ成長するだろう。  初めて会った頃の、ずっしりとしつつも頼りない赤ちゃんだった頃を思い出して少し切なくなる。   「……もう、自由になっていいんじゃないかな。サフィーア」  頭を撫でていた私の手がぴくりと止まる。それからまたゆっくりと優しくアレンの髪の毛を梳く。  この家に来て、初めて名を呼ばれた気がする。「夫」は、意図的にかどうかわからないが私の名を呼ばなかった。  使用人たちは最初から私を「奥さま」と呼んでいた。それは若輩者の私をこの家の「奥方」と認めてくれていた表れであったので嬉しかったのだけど。  そう、私の名は「サフィーア」だ。私の膝に顔をうずめている少年が思い出させてくれた。  目元が熱くなる。  ああ、それよりも私があなたの母親ではないということを、とうとう気づいたのね。 「ごめんなさいね、アレン」  アレンが小さく身じろぎした。 「私があなたの母親ではないこと、いつか私の口から言おうと思っていたの」 「……」 「あなたも……私から自由にしてあげなきゃね」  アレンが顔を上げ私を見た。 「どういう意味?」 「あなたを産んだ、本当のお母さまに会いたい?」  アレンはアクアマリンのような水色の目を大きく見開き、眉間に皺を寄せて顔を歪ませた。 「僕には父親も母親もいない」  そう言って再び私の膝に顔をうめた。  *  アレンがスクールを卒業し、大学の寮に入った。  アレンは私の仕事の負担を減らすと、本来なら大学を卒業してから行う仕事の勉強を前倒しですることになった。  それは隠居している前侯爵である義父も了承済みだ。義父はアレンのことは認めていないのだが、別邸に住み続け私のことを放置している「(息子)」に失望しており、アレンが侯爵家の血を継いだ唯一の男子であることと優秀であることから渋々了承した。    アレンは、パブリック・スクールや大学のカレッジでは培われない各方面への人脈繋ぎをしなければならないため、カレッジが休みのたびに帰省して学んでいる。  試験もあるので無理しないでほしいが、アレンは私を自由にするため努力しているのだろう。  私が分担している事業についてはなんとかなるものの、「夫」が負担している領地のことは「夫」と共に行動しなければならない。  アレンは露骨に嫌そうな顔をした。 「やめてもいいのよ?」 「領地はたまにサフィーアと戻った時に視察してるし、その時に町長たちに会ってるし……。いや、領主と一緒に行くことが重要なんだろう」 「そう? じゃあとりあえず旦那さまに手紙を書きましょう」 「あっ、僕が書く! サフィーアはなにもしなくていいからね!」  アレンが気を遣っているのがわかって思わず笑ってしまう。 「大丈夫よ。普段でも仕事のことで手紙のやり取りはしているのよ」 「それでも! それに僕のことだしね」  *  数日後、アレンと「夫」が領地へ向かう日がやってきた。 「アレン、忘れ物はない?」 「いつまでも子供扱いしないでよ」 「ふふっ、そうね」  エントランスで私とアレンが話しながら並んで待っていると、「夫」は少し驚いた顔をしている。……「夫」と目が合ったような気がする。  まさかね?  アレンは挨拶もそこそこに出掛けようと「夫」を急かした。 「アレン、そんなに急がなくても。お茶でも……」 「いいよ、そんなの。父上、行きましょう。行ってきます、サフィーア」  アレンはそう言って「夫」を引っ張って馬車に乗ってしまった。
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