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誓い *ヴィクター
私には、歳の離れた「妻」がいる。
両親によって私の預かり知らぬところで整えられた結婚で、私はまったく納得していなかった。
だが、周囲からうるさく言われるのもうんざりしていたし、逃れられないところまで準備が整っていたので結婚式だけは済ませた。
そしてその夜。
「貴女を愛することはない」
私には他に愛する人がいるから。
七才も年下の、まだ幼さの残る「妻」は緑色の瞳を大きく見開き、ふっと力を抜いてゆっくりと頷き「承知いたしました」と小さな声で言った。
*
私の愛するジュリアとの出会いは、私がまだパブリック・スクールに通っていた頃だ。
ジュリアは私がよく行く文房具屋の娘だった。その文房具屋は小さいながらも質の良い物を取り扱っており、友人たちは当時できたばかりの百貨店に行っていたため、その文房具屋は私が一人で息抜きできる貴重な場にもなっていた。
店番をするジュリアにペンやインクの相談をするうち親しく話すようになり、外でばったり会った時をきっかけにお茶をするようになった。
私と同じ年のジュリアはダークブロンドの髪の毛と生き生きとした水色の瞳が可愛い子で、店以外で会い色々な話をするうちに私は急速に惹かれていった。
その頃は父も黙認していたように思う。だが、私がパブリック・スクールから大学へ行くようになる頃に、もたらされた縁談を全て断りジュリアを別邸に住まわせるようになると確執が始まった。
なぜわかってくれないのかと私は苛立った。女王陛下ご夫妻の仲睦まじさもあって時代は恋愛結婚に流れている。
父は保守的なのだ。父の怒りと頑固さは、却って私のジュリアへの想いを深くすることになる。
実家とは距離を置き、休暇の折にはカレッジの寮からジュリアの待つ別邸に帰るようになった。
大学を卒業しても父からの干渉は止まず、別邸の執事からも説得されるし、挙句には父は爵位を私に譲って隠居するから自覚を持てと通告された。私はますます頑なになり、世界にはジュリアと私二人だけのような感覚に陥っていく。
それでもしつこく送ってくる縁談をはねつけていると知らせが届いた。
婚姻が整い、既に王宮と教会の許可を得ていると言う。
もはや覆すことは叶わず、せめてもの抵抗で結婚式まで相手と会わずにいた。
そしてその日の夜に「妻」を突き放し、翌朝には恋人の待つ別邸へと「帰った」。
恋人のジュリアは、帰った私を涙を流して喜んだ。不安に駆られていた彼女を私は言葉の限りを尽くして慰め「死ぬまで共にいて君を守ろう」と誓った。
貴族しか参加の許されない夜会や、侯爵家に関してのやり取りで「妻」と会ってもその顔を見ることができなかったのは、私の罪悪感も多少あったのだと思う。彼女の方も私のことを見なかった。
私の中には初対面の時の、まだ子供のような「妻」の印象が残り続けていた。
結婚して一年後、ジュリアが子を産んだ。私に似た黒髪とジュリアに似た水色の瞳の男児であった。
子が夜ともなく昼ともなく泣き声をあげるとジュリアが不安定になった。毎日泣き暮らし、生まれた子の顔を見るのも嫌だと自室に閉じこもった。何度なだめすかしても話にならず、食事も怠るようになったジュリアは日に日に痩せていった。
……私までもが追い詰められていた。
どうしようもなくなった私は息子のアレンを「妻」に託した。
「我が侯爵家の跡取りとして「妻」である貴女が育てるのが妥当であろうと思う」と言い訳をして。
心の中では「ジュリアを守ると誓ったから」と言い訳をして。
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