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佐紀はこのこだわりを、何年も育て続けた。
こだわりは〝新刊ではないものを買うことができない〟という縛りがあると同義であったが、そんなことは佐紀にとって大きな問題ではなかった。
過去のものというのは、それを生み出した人が常に成長し続けているとしたら、今や未来よりも拙いものである。作者の足跡に興味がわかないというわけではないが、足跡よりもこれからのほうに興味が膨らんでいた。
だいたい、おこづかいは限られている。臨時収入がない限り、過去作を漁るほどの余裕はない。未来へばかり向かうのは、そんな余裕のなさゆえでもある。
心惹かれる新刊の情報を手に入れると予約した。取り置かれていた本の状態に不満があれば、納得のいく状態の本に換えてもらった。
ほかの客はしないのだろう要求に、迷惑そうな顔をする書店員もいるが、佐紀はそんなことは気にしなかった。
妥協をして物語への没入を阻害されることのほうが、ずっと悪であった。誰かの手間を増やしてでも、その行動には価値があると信じていた。
作者から自分の手に届くまでにかかわる人間の数を最小数まで減らして手に入れる、宝物のような本。それらをきれいに並べた本棚は、まるで絵画のように美しく、見るたび佐紀の瞳と心を潤わせた。
佐紀はアルバイトをしてお金を稼ぐようになっても、身につけた癖を治すことはなかった。
そんな佐紀の趣味のひとつが読書であることは、周囲の人間にも知られていた。「貸してくれない?」とお願いしても、傷物にされたらいやだからと絶対に貸してくれない人、という認識もまた、広がっていた。
「貸すのは嫌でも、借りるのは平気でしょ?」
ある日、翔太にそう声をかけられて、佐紀は〝借りるのは平気なのだろうか〟と考えた。本へのこだわりが強くなった頃からめっきり行かなくなってしまったが、図書館や図書室でくたびれた本を借りて読んだ経験は、両手の指が何度折りたたまれ、開かれるかわからないほどにある。
「まぁ、うん。そうかも」
「じゃあ、これ、読んでみてくれない? それで、感想を聞かせて」
「……なんで?」
「そりゃあ、佐紀がどんな感想を持つのか、興味があるから、かな? 嫌なら別にいいんだ。だけど、お願い。数ページだけ読んで『合わない』でもいいから。ね?」
両手を合わせてお願いをされて、それでも「嫌です」と言うほどに薄情ではない。
「あぁ、うん。わかった」
「全然急いでないから。何日かかってもいいからね」
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