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佐紀は、ある作家の作品にはまっていた。その作家の新刊が出るという情報を得ると、発売と同時に購入できるようにとおこづかいを貯めた。
ある作品の発売日、佐紀は絶対に今日、売り切れる前に手に入れたいからと、おこづかいと本のタイトル、著者を書いたメモを母に渡した。母は、「買い物ついでに買っておくわ」と、お金とメモを財布に入れた。
その日の授業は、佐紀の頭にはほとんど入ってこなかった。早く読みたい、早く読みたい! と、帰宅後に触れられるだろう本のことばかりを考えていたからだ。
「ただいま! お母さん、本は!?」
いつもならば靴を揃えるが、そんな時間も惜しかった。佐紀は母がいるだろうリビングへと駆けた。そして、書店のブックカバーがかけられた一冊の本が、テーブルの上に置かれていることに気づいた。ランドセルを投げるように放り、それを手に取った。
「おかえり。それ、そんなに欲しかったの?」
「うん! ありがとう、お母さん」
「どういたしまして」
佐紀は本をぎゅっと抱くと、ふぅと息を整えて、ブックカバーをはいだ。
するとその時、うまく言葉にできない違和感を覚えた。
その原因が何なのかを探るために、本をくまなく確認した。
「そ、そんなぁ……」
「え、間違ってた?」
「ううん、あってる。だけど、ここ、千切れてる。サイアク……」
「んー? え、このくらい、普通じゃない?」
こんなの、普通じゃない。せっかく新品で買ったのに、カバーがちぎれているなんて、テンションが下がる。
「レシートは? 換えてもらってくる」
「捨てちゃったよ、レジで」
母は不満気な表情を浮かべながら、不貞腐れた佐紀に近づく。自分が買ってきた本は、店員が平然と売った本は、そんなに劣悪なものだっただろうか。再び手に取り、くまなく見る。確かに千切れている部分はあるが、製本や運搬、陳列をすれば自然とつくことがあるのだろうごく僅かなものだった。
「この程度、新品の範疇でしょ。そんなに気にすること? だいたい、中身が欲しいんじゃないの? こんな、外側の紙なんて」
「……もういい。部屋で読んでくる」
「そう。楽しんで」
佐紀は空いた手でランドセルを掴むと、とぼとぼと自室へ向かった。
気にしすぎ、なのかもしれないが、気になってしまったらもうどうにもできない。イラつきをランドセルにぶつけるように、いつもなら丁寧に置くそれを放り捨てた。ドシャン、と普段聴くことのない音が聞こえた。
椅子に腰掛け、本を開く。心を切り替えて読み進めようと思うも、カバーのことが心をかすめて、物語の中に入っていけない。
その時、佐紀は心に決めた。
母に本の購入を頼まないこと。
発売日に手に入れたいと思う作品は、予約して買うこと。
お金と予約した品を交換するときに、自分が納得する状態であることをきちんと確認すること。
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