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 それから私は仕事をしてても何をしててもあの人の事が頭から離れず、ずっと考えてしまっていた。そして仕事が終われば地上に降りてあの人と会える場所を回る。  名前すら知らないあの人と合うはずもない目を合わせようとするけど結局、私は見てもらえない。目が合ったと思ってもそれは気のせい。それでも別に良かった。彼の隣を歩いたり仕事をする彼を見守ったり、仕事でミスして落ち込んでたら励またり、休憩する彼の肩を揉んだり。もちろん何をしても全部ただの自己満でしかないけど――それは仕方ないこと。一人で目が合ったとドキドキしたり笑顔を見てニヤついたり私はそれだけで楽しかった。  そんなある日。彼はカフェでコーヒーを飲んでいて私は向かいの席に座ってた。 「あっ、お待たせー」  すると女性が一人親し気にやってきて私のとこに座った。楽しそうに話す二人は友達とはちょっと違う雰囲気。私は段々とその場に居るのが嫌になってきて窓をすり抜け空に飛び立った。丁度この曇りがかった空のように晴れない良いとは言い難い気分を抱えて。  次の日。いつもより多めのリストをこなした私は夕暮れの公園で彼の隣に座っていた。  すると前屈みの状態から背凭れに体を預けた彼が手を隣に置いた。丁度、私と彼の間。私はその手を少し眺めると自分の手を伸ばした。でも私の手は彼の手をすり抜け重なりながらベンチに触れる。今までは人に当たらず自由に歩けて便利だと思ってたのに今は邪魔でしかない。 「建物とかみたいに触れるか触れないかを選べたらいいのに」  そんなことを呟けど手が触れることはない。  私は自由に彼の傍に居られるし、自由に彼を見つめられる。  だけど私はその温もりも優しい感触も感じることが出来ない。私は彼に見てもらいたいけど、認識すらしてもらえない。私は彼と言葉すら交わせない。私は――。  段々と胸は苦しく自分という存在が憎くすら思えてきた。 「私が人間だったら……」  小さな声と共に零れた悲涙が頬を流れた。  これまで階級や人種、性別の壁ですら関係なく恋する二人を結ん出来た私だけど……流石にこれは無理。そもそもこれはあまりにも一方的な恋心だし。どんな恋よりも難関で不可能な叶わぬ恋。恋のキューピットでさえ匙を投げる恋。存在すら認識してもらえず想いすら伝えられない恋はどうやったら実るんだろうか? きっと神様も知らないはず。 「はぁー」  嘆息は震え、悲涙は相変わらず頬を流れ滴る雨のように私の手の甲へ落ちていた。  まだ愁いが酷く絡みついていたけど私は立ち上がり彼の前へ。  そして手に恋弓を出し彼の胸目掛けて一本、恋矢を射る。至近距離で放たれた矢は彼の胸に命中するが彼は全く気が付いていなかった。それは当然のことなのに何故だか寂しさを感じた。だけど私はそんな感情に構うことなく対となるもう一本を手元に出す。  それに視線を落として願いを込めながら少し見つめると、私はその矢を自分の胸に突き刺した。痛みも無く(さっきから胸を締めつける苦しさは依然とあったけど)刺された感覚も無い。ただ私の胸の矢と彼の胸の矢を赤い糸が結んでるだけだった。  その光景はほんの少しだけ嬉しかった。ちょっとでも彼との繋がりが出来た気がして……。  だけどすぐに二本の矢は私の恋心のように儚く砕け散る。恋矢はキューピットには使えない。持ち上げた林檎を手放せば落ちていくように、分かっていた当然の結果が当たり前に訪れた。  世界が不具合を無かった事にするように消失してゆく矢。皮肉にもそれは夜空に煌めく星のようで綺麗だった。  そして私はそれを見届けると弓も消し翼を広げると夕日に焼かれた空へ飛び立った。零れ落ちる泪を涙雨のように地上へ降らせながら。                  * * * * *
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