1人が本棚に入れています
本棚に追加
5
作業にも慣れてきた。ユキはこの間、見たテレビのことを思い出した。クルマを機械が作っている光景である。それに対比して、今自分が働いている職場は手作業が多いな、と思った。けど、そこが好きだと思う。ユキは机に向かってする勉強より、こうしてカラダを使ったことが好きだと思う。
ユキは高校時代、部活動は器械体操をしてきた。上手くはなかったが、今まで、できなかった技が出来る喜びは何も変えがたい。
昼食になった。指示されたベッドパッドのたたみをやっていたことを途中でやめる。昼食にユキはテキトーにサンドイッチを作ってきた。それを食べ終わると、エミール・ゾラの居酒屋をまた、読み始めた。この作品は、高校生の頃に、一度通読している。
しばらく経つと、ふいに肩をたたく感じがユキにした。ふいに肩をたたいた人は、男の子で、しばらくして。
「ゾラ、エミール・ゾラ」
と言った。
ユキは突然話しかけられて、しかもその言葉の不自然さに気づくと、驚いた表情を見せた。それに気づいた年配の男性が、あの子は自閉症だよと、言った。ユキはその言葉に納得した。
「小説好きなの?」
男の子は、うなづく。
「ゾラ、知っているっ」
「へぇー」
「わたし、この小説が一番好きなの。どうして、ゾラが好きになったの?」
「文学の歴史について調べてたら、出会ったって、かんじかな」
男の子は食べるのが遅く、ユキが見たかんじでは、コンビニで買ってきたと思われる幕の内弁当がほとんど手をつけられていない、メインの白身魚のフライがまるまる残っている。漬物にちょこんと、手をつけた具合だ。
それでも男の子は話を続ける。
「それよりも、ぼくは哲学だ!!哲学に興味がある」
男の子は語気を強めた。
「わかった。わかったから。休憩時間終わるから早く、ごはん食べて」
ユキにうながされる形で男の子はごはんをまた、ゆっくり食べ始めた。
また仕事が始まる。単調な作業の連続だが、ユキは気にならない。ユキは何かの訓練のせいか、性格か、単純作業は苦にならない。今日は、絨毯(じゅうたん)を何十枚かたたみ終わった。帰りに、マクドナルドにちょっと寄って有機化学のレポートの宿題をやろうと思った。
ふと、ユキは小学校二年生のときの夏休みのことを思い出した。ワークや読書感想文は早めにユキは終わらせたが、絵画は一向に取りかかれていなかった。父親から、手伝ってやろうかと、ユキは尋ねられたが、きっぱりと断った。なんでもユキは自力でしたいタイプである。
小学校二年生の夏休み、ミキちゃんというユキと同学年の歯が抜けた顔が目立つ、いとこがユキの家に遊びに来ていた。
ミキちゃんはジャンクな食べ物、スナック菓子が好きだし。テレビゲームを愛好していた。ミキちゃんが、ユキの家に遊びに来ることになると、一日中テレビゲームに興じることになる。
ミキちゃんは極端に勉強ができないし、努力することも嫌いだ。
ゲームに熱中するミキちゃんにユキは尋ねた。ミキちゃん。夏休みの宿題、ぜんぜんやってないけど、やらなくていいの?
ミキちゃんは、笑顔になり、歯の抜けた顔を輝かせながら、言った。
そんな無駄なこと、しなくていいの。
そして、また何事もなかったようにゲームに熱中した。
後日談になるが、宿題をミキちゃんのクラスで、まったく提出しなかったのは、ミキちゃんを含めて、3人らしい。その3人は、先生から、こっぴどく叱られて、反省文を書かされたという。
最初のコメントを投稿しよう!