プロローグ

3/4
前へ
/113ページ
次へ
 全ての始まりは一通のDMだった。  ある朝、僕は目を覚ました直後に届いた一通のメッセージをスマホで確認した。イベントの開催通知と、そのイベントへの参加を募るものだった。  僕は、その情報に一も二もなく飛びついた。そして、寝ぼけた頭が徐々に覚醒していく中でメッセージを読み進めていった。  そのイベントは、とあるアイドルのワンマンライブだった。僕が最も興味を引いたのは、チケット代が無料だったことだ。  これまでにも、先行予約や会員限定のイベントなどはあったが、今回のように無料で招待するということは初めてであった。  しかし、そのアイドルは地下アイドルグループであり、あまり知名度が高いとは言えなかったが、それでも、僕はすぐに参加を決めた。  僕は、イベントの開催日に、そのグループに会いに行った。正直、期待はしていなかった。  どうせ、手作りの料理を振る舞うだけだし、素人の作る料理なのだ、美味しくも不味くもない。そう、僕は決めつけていた。  開催場所は、ライブハウスとか、アリーナとか、「ハコ」と呼べるような会場ではなかった。  街頭で、キッチンカーで、彼女らは、僕を出迎えた。僕は、そこで、彼女たちが料理を作るのを見学した。そして……  僕の心を掴んだのは、「接客」だった。愛嬌たっぷりにファンの心を鷲掴みにし、そこに来た客一人一人を喜ばせようと料理を振る舞う。  それは、まさに、僕が求め続けたアイドルの姿だったのかもしれない。  そのとき、食べた料理が何だったのか、記憶が風化した今となっては、思い出せないが、そんな感動を胸に秘めたまま僕はイベント会場を後にした。  僕は、その日から彼女たちの虜になった。そして、僕は彼女たちに貢ぎ続けた。  ライブのチケットはもちろんのこと、チェキやグッズも全て買い揃えた。  彼女たちのSNSをフォローし、配信される動画を欠かさずチェックし、彼女たちがアップした写真や動画にコメントを残した。  僕は、そのアイドルの全てを知りたくなったのだ。  しかし、そんな僕の想いとは裏腹に、彼女たちの情報は徐々に少なくなっていった。  イベントも次第に開催されなくなり、ライブも行われなくなった。チェキ会やサイン会などのイベントも行われなくなった。  そして、ついには、グループ自体が解散してしまったのだ。  僕は絶望した。  僕は、彼女たちの全てが知りたかったのだ。 彼女たちに貢ぐことで、僕は彼女たちを支えている気持ちになっていたのだ。  その反動だろうか。  いつしか僕は、会社員と二足のわらじで、動画配信者として、料理動画をインターネットの世界に投稿するようになった。  最初は、趣味の延長だったが、僕が作った料理が、動画配信サイトにアップされると、その動画の再生数は面白いように伸びていった。  他人からすれば、自惚れと言われるかもしれないが、彼女たち、アイドルの後を追うような感覚だったのだ。  そして、やがて、「アイドル×シェフ」というジャンルが確立するに至る。  料理人とアイドルを融合させたその形態は、かつて僕が追い求めた彼女たちを彷彿させた。  台頭する新しいアイドルたちの中に、彼女たちを見ようとして、影を追い続ける。  そんな日々が続いたある日。  僕の日常に、突如として、彼女たちが降臨したときの衝撃を覚えた。  それは、まだ義務教育も卒業しない、一人の少女だった。彼女の姿をネットの海に揺蕩う、とある投稿サイトから見つけたのだ。  出会いと呼ぶにはあまりにも一方的で、年齢も、僕とは干支を一周するくらいには開きがあったが、僕は、運命だと確信していた。  ただのドルオタの戯れ言と思われるかもしれないが、ネットの海の中で、自身の動画投稿サイトの中で、語り手となって、僕はその記録を伝えていこうと思う。 『アイドル×シェフ』の物語を__。 語り手は、僕、ジョージ奥村こと、奥村丈琉(たける)だ。
/113ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加