第1話 アイドル失格!!

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③スポティッドディック事件 とある男性アイドルグループのメンバーから聞いた話である。 そのアイドルグループは、大手の事務所に所属する、今をときめくアイドルグループだった。 その日、雑誌の撮影で、たまたま駆け出しの新人アイドルと、同じステージに立ったという。 「三ノ宮蜜姫、だっけ? あの子、可愛いよな」 と彼は言う。 蜜姫は、まだあどけなさの残る顔立ちで、天真爛漫な性格と表情が印象的だったそうだ。 「この機会に、全然仲良くなりたいよな」 「お、そうだな」 「俺、LINE交換しちゃおうかな」 などと、男性アイドルたちは口々に盛り上がる。 「あ!でも、たしかあの子って……」 一人の男性アイドルが思い出したように言った。 「なんだよ?」 「あの子って、最近、SNSで炎上してなかったか?」 「え? なに? 炎上って?」と別の男性が訊く。 すると、その男性は声をひそめてこう言った。 「あれだろ?胸を持っていたとか」 「そんなことか」 大したことではない。それに、SNSの話題を鵜呑みにしてはいけないことを、男性アイドルたちはよく知っていた。 雑談がしばらく続いた後に、鴨が葱を背負って、とはこのことなのか、蜜姫が楽屋に挨拶に来たのだ。 蜜姫は、男性アイドルたちを見つけると、 「お疲れ様です!」 とぺこりと頭を下げる。 「あ、ど、どうも」 男性アイドルたちは急にかしこまって挨拶を返す。そんな彼らに蜜姫が言う。 「みなさん、すごいですね!」 「え? 何が?」 と男性アイドルが訊く。すると蜜姫はこう答えたそうだ。 「だって……」 そして彼女はこう言ったのだ。 「皆さん、間近で見ると、カッコいい……」 蜜姫のその言葉に、男性アイドルたちは思わず色めき立った。 「え? マジで?」 「ど、どこが……?」 蜜姫は屈託のない笑みを浮かべて言う。 「え?全部ですよ。オーラも顔も!」 そんな蜜姫の言葉に気をよくした男性アイドルたちは、その場に彼女を引き留めて、雑談に花を咲かせたという。 雑談が盛り上がりを見せ始めた頃、蜜姫は、ふとこう言って、自分の鞄をゴソゴソと探り始めた。 「あ、そうだ。あの……」 蜜姫が言う。 「これ、差し入れです!召し上がってください!」 そして彼女は、男性アイドルたちにラッピングしたものを差し出した。 「手作りなので、お口に合うかどうか……」 男性アイドルたちは、それを受け取って、思わず相好を崩した。 「え?手作り?」 「嬉しいなぁ」 男性アイドルたちは、差し入れが素直に嬉しかったのだという。 「ありがとな」と素直に礼を言った。 「あ!あの……できれば、この場で、一口でも、食べてもらえると嬉しいなって!」 そう言って彼女は恥ずかしそうに笑う。 彼らは、蜜姫を可愛いと思ってしまった。 「じゃ、いただきます!」 男性アイドルたちが包装紙を破る。 袋を開けると、そこには、得体のしれないは謎の物体が入っていた。 「え……?」 彼らの予想の大きく斜め上をいった。 普通なら、クッキーか、カップケーキなどが出て来るものだろう。 「なんだ、これ?」 と彼らは戸惑った。 「えっと……それはですね……」 と蜜姫が言う。彼女は言う。 「イギリスのお菓子です」と。  男性アイドルたちは、驚きを隠せなかったという。 なんと彼らの目の前にあるものは、見た目、男性器を模したそれを彷彿させたからだ。 「スポティッド・ディックという名前です!」 そんな彼らに蜜姫が作り方を説明する。 ボウルに薄力粉、強力粉、ベーキングパウダー、塩をいれ、レーズンを加えて、よく混ぜる。 豚の背脂を加え、手ですりつぶしながら混ぜ合わせる。 「背脂?」 「はい。レシピだとケンネ脂をいれるんですが、背脂で代用しました!」 「あの、ラーメンによく入れるヤツ?」 「はい!チャッチャするヤツです」 蜜姫は、続ける。 砂糖、牛乳を加えゴムベラで混ぜる。 鍋にお湯を沸かし、1時間半茹でる。 「そしたら、出来上がりです」 蜜姫が説明を終えた。 「う、うん?」 「早速、食べてください!」 男性アイドルたちは、それを恐る恐る口に運ぶ。 しかし、口に入れた瞬間、彼らは顔色を変えた。 「お……え?……」 彼らの顔色は見る見るうちに真っ青になる。 「お、美味しくない……」 「ニチャニチャしてる」 「食感が最悪……」 彼らは、青ざめた顔で、必死に咀嚼した。 なるべく、彼女を傷つけないように、言葉も極力小声で仲間内で囁き合う。 「うっ!」と一人の男性が口元を押さえた。 「え?どうした?」 他の男性が訊くと、彼はそのままトイレへ駆け込んでいった。 「お、おい……大丈夫かよ」 彼らは顔を見合わせて心配そうにする。 「みなさん、どうでしたか?」 彼女は屈託のない笑顔でそう訊いた。そして続けざまにこう訊くのだ。 「美味しかったですか?」と。 男性アイドルたちは、返事に困った。 あまりにも不味くて、飲み込めなかったからだ。 本当だったら、この話はこれで終わるはずたっのだ。蜜姫が自分のブログに写真をアップしなければ。 男性アイドルのファンから嫉妬と嫉みを買うことになったし、男性のシンボルを模したお菓子(のような物体)を食べさせる様子は様々な方面からお叱りも受けた。 何よりも、イギリス人の怒りも買うことになった。 「母国の伝統的なお菓子は、こんな出来損ないではないと」 事務所は相応の対応を迫られたし、蜜姫もブログ内で写真の削除と、 「英国の『スポティッド・ディック』とは、関係ありません」 といった趣旨の投稿をする羽目になった。 何にせよ、蜜姫がメシマズアイドルとして認知されたことに変わりはない。
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