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祖母の家へ
新幹線の車窓から眺める景色が、次第に畑や木々が多いのどかな風景になってきた。
私の胸の高鳴りは早鐘の様に早く、顔は油断していると知らず間ににやけてしまいそうだ。
お婆ちゃんから電話があった日。父親が帰るなり直ぐに話した。
てっきり「行っておいで」と言われると思いきや、父親は少し難色を示した。
私に分からないように顔を背け眉をひそめたのだ。
母親が亡くなってから疎遠になっているからなのだろうか。父親のそんな態度が不思議だった。
もしかしたら反対されるのかとヒヤヒヤしていたが、宿題をちゃんとやるならという条件で許してもらえた。
遊んでばかりで、宿題が疎かになると思っての渋面だったのだろうか。
勿論父親は仕事があるので、私一人で行くことになる。
東京駅まで送ってくれた父親は、何度も「危ない事はしない事。宿題はちゃんとやる事。毎日夜に電話する事」としつこく言っていた。
たった一人きりで行くという不安と興奮でいっぱいだった私は「分かってる」とおざなりな返事を返した。
そして遂に父親と離れ一人新幹線に乗り込む。
指定席を取ってくれたので、座る場所は確保されているが、初めての経験。
右腕と右足が一緒にならない様に気を使いながら通路を歩く。
周りを見ると、親子連れやビジネスマンが多い。
(私、おかしくないかしら)
素早く着ている服をチェックし目的のシートを目指す。
景色が見れるようにと、窓際のシートを選んでくれたお陰で、少し緊張がほぐれてきた。
隣に座るおじいさんの独り言が煩いけど、我慢出来る。なんせ、一人旅をしてるんだから。
鼻息が荒くなっているのに気が付き、慌ててゆっくりと深呼吸した。
高いビルが並ぶ風景から、山や畑が多い風景に変わる頃、ようやく目的の駅に着いた。駅に着きホームに降り立つと、祖母がにこやかに待っていた。
「美和ちゃん」
「お婆ちゃん!」
何年ぶりかに会う祖母は、前より更に小さくなったような気がする。
走り寄り手を繋いだ私達は互いの無事を確認するかの如く、忙しなく相手に視線を走らせる。
白髪の髪を丸く結い、穏やかな顔には以前よりも皺が深くなっている。
腰が曲がり、幼い頃は見上げていたはずが今では祖母の頭越しに向こうの景色が見える。
「おっきぐなったなや。もう小学4年生だべが?」
「うん。何かお婆ちゃん小さくなったみたい」
「ははは。美和ちゃんがおっきぐなったからだな。前に会った時はまだ4歳だったものな」
そうだ。母親の葬式の時会ったのが最後だった。
「こんにちは」
「え?あ・・こんにちは」
そう。さっきから気になってた。祖母の隣に立つ男の人。
白髪混じりの髪に浅黒い顔にサングラス。顔はこちらを向いているが、目はどこを見ているのかよく分からない。
熊の様に体が大きくとても威圧感がある。
「この人はね、美和ちゃんのお母さんの弟なんだよ。叔父さんだね。俊樹って言うんだ」
「俊樹・・叔父さん」
私は、熊のように大きい俊樹叔父さんをまじまじと見る。
母親に弟がいたというのは初耳だ。私の記憶に残る母親は華奢で可愛い人だった。こんな熊みたいな弟がいるなんて、かなりの驚きだ。
ニコリともしない俊樹叔父さんは、黙って私の荷物を取るとスタスタと歩いて行ってしまった。
「ははは。気にすんなや。俊樹はな、目が見えねぇんだ。ただ、まったぐ見えねぇ訳でねぐで・・弱視ってやつだな。数年前がら病気のせいでな。根っこは優しい子だから心配ねぇよ」
そう言って祖母は歩き出した。
なれない方言は、理解するのが大変だけど言葉に角がなく温かく柔らかい感じがする。
それにしても、弱視という言葉は初めて聞いた。想像はつかないが、きっと薄らと世界が見えているのだろう。
(よく見えないのに普通に歩けるんだ)
感覚が研ぎ澄まされているのかよく分からないが、俊樹叔父さんは壁や人にぶつかる事なく歩いている。階段をスタスタと降り始めた時は驚いた。
「怖そうだけど、優しい目をしてたりして・・」
なにはともあれ、無事目的地に着き祖母にも会えた。これから母親が生まれ育った家に行き夏休みを過ごすことが出来る。
そんな気分高まることを前に、弟の怪しさなどどこかへ行ってしまう。
「よし!」
小さく気合を入れた私は、これから始まる夏休みに期待を込め祖母の後を追いかけた。
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