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幽霊?
雨音が静かに降り続ける中、教室の中でじっと身を縮こませていた。あちこちで床や壁が軋む音が響くたびに、ビクリと肩を震わせる。懐でじっとしているアメの体温だけが、唯一の心の支えだ。
「お婆ちゃん、まだかなぁ・・」
教室にはかつての面影がほとんど残っていない。崩れた机、割れた窓、そして雨漏りの跡がいたるところに広がる。そんな光景を見ながら、私は祖母が言った「一人しか入れない場所」がどこなのかを考えていた。
「・・トイレ?でも、トイレにお供え物なんてするかな・・他に一人しか入れない場所なんて・・」
考えにふけっていると、突然、教室の扉が勢いよく開いた。
「えっ!?」
驚いて振り向くと、茶色の毛糸の帽子をかぶった小さな女の子が立っていた。雨で濡れたランドセルを背負い、赤くなった指先を擦り合わせている。
「おはよー。寒いねー」
その子が言った言葉に、私は耳を疑った。
「寒い・・?」
外は夏の雨。暑さは幾分か和らいでいるが、蒸し暑さが肌にまとわりついているはずだ。それなのに、その女の子は寒さに震えている。
「おはようー!」
また別の声が聞こえた。見ると、次々とランドセルを背負った子供たちが教室に入ってくる。その中には、リコーダーをくわえた子や、水筒を抱えた子もいた。
「う〜さむさむ・・」
教室に集まる子供たちは皆、寒そうにしている。そしてそのたびに、荒れ果てていたはずの教室が徐々に変わっていった。転がっていた机と椅子が、まるで時間を巻き戻したかのようにきれいに整えられ、黒板には今日の授業内容らしき文字が浮かび上がる。
「な、なに・・これ?」
私は混乱しながらも目の前の光景に釘付けになった。子供たちは何事もなかったかのように教室のあちこちに散らばり、それぞれの席に座り始める。雨音はいつの間にか薄れ、教室の中は明るい光に満ちていた。
「今日は・・何の日だっけ?」
誰かが小声でつぶやいたその瞬間、一人の男の子が教室の中央に立ち上がり、大きな声で叫んだ。
「先生、来ないね!みんなで探しに行こう!」
周りの子供たちがわいわいと賛同の声をあげる中、私は呆然とその様子を見ていた。
「どうして・・どうして子供たちが・・?ここ、もう使われてない廃校のはずなのに・・」
パニックだった。
突然、活動を停止していた学校が生き返ったかのように動き出したのだ。
この子達は誰?どこから来たの?
「ねえ、よっちゃん」
「え?」
いつの間にか、私の隣の席に座る女の子がニコニコとした笑顔を見せながら座っている。
「私?」
「うん。どうしたの?そんなに驚いちゃって」
「あ・・うん・・」
「よっちゃん、宿題やってきた?」
「え?宿題?」
「私また忘れちゃって。はは。国語、二時限目でしょ?それまでには書き写しちゃうから見せてよ」
「見せてっていわれても・・それより、私よっちゃんじゃないわよ?」
「え?何言ってるのよ。よっちゃんはよっちゃんでしょ?田神佳子のよっちゃん」
どんぐりの様なまん丸で大きな目をぱちぱちさせ女の子は言った。
(田神佳子?・・田神・・何処かで・・)
「あっ!!それってお母さんの名前だ!」
「え?お母さん?・・・ちょっとよっちゃん大丈夫?今日何か変だよ?」
私の顔を訝しげに覗き込む。
「変って・・全てが変なのよ。だって・・」
「にゃ」
アメが懐から顔を出した。
「あっ!猫ちゃんだ!!」
どんぐり目の子が大きな声を出す。
その声に反応するかのように、みんなの視線が私に集中する。
その瞬間、教室の扉が大きく音を立てて開き放たれた。驚いて振り返ると、そこには祖母が立っていた。
「あ、お婆ちゃん」
「待たせて悪かったべ。さ、行こか」
「あの、お婆ちゃん・・・え?」
明るかった教室が、薄暗くなり机や椅子が転がる荒れ果てた教室に戻っている。
「え?え?なんで?」
さっきまですぐ隣にいた女の子も、先生を探しに行こうとはしゃいでいた子供達もみんな消えている。
「嘘・・・」
「どうしただ?顔が真っ青だべ」
「お婆ちゃん!今ね!沢山の子供達がいたの!みんなランドセル背負って・・でも、いなくなっちゃった」
祖母は、驚いた顔をしていたが直ぐに納得した様に何度も頷くと、ため息混じりに言った。
「そうか。まだ帰れないんだな」
「え?帰れない?帰れないってどういう事?」
「・・・さ、お供えも終わったし。さっさと帰るべ」
祖母は、答えになってない返事を残し歩いて行ってしまった。
帰れない?あの子達が帰れないということなのか?そもそもあの子達は一体何だったのか。
夢?いや違う。あんなハッキリした夢なんか絶対違う。
「じゃあ・・・・・幽霊・・・?」
「にゃ」
途端に背筋がゾクゾクと寒くなった私は、アメを抱えたまま一目散にそこから逃げた。
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