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私と祖母は廃校を後にした。
母親が通っていた学校に興味を持ち期待を膨らませていた気持ちは、すっかり無くなっていた。
広い校庭を歩いている時、何度も後ろを振り返りたい衝動に駆られるが体を固くし我慢する。
もしあの子供達が窓からこちらを見ていたら?嫌だ。有り得ない。
(夢・・じゃない。確かにあの子達はアソコにいた。アレは幽霊だったの?幽霊ってあんなにハッキリしてるの?ちゃんと足があった。本当に幽霊?)
図書館の本やテレビでしか幽霊を知らない私には、実感がわかなかった。
「幽霊・・・か」
そうつぶやくと、隣を歩くお婆ちゃんが私の顔を見た。
「どした?」
「うん・・・お婆ちゃん、本当にあれは幽霊だったのかな」
お婆ちゃんは一瞬、歩みを止め傘越しに空を仰ぐように深呼吸した。そして、穏やかながらも少し重い声で言った。
「あの学校には、とても辛く悲しい話があるんだよ。特に・・あの教室の子供達はね。ずっと昔・・昔の事さ」
祖母は顔を歪めた。今にも歯ぎしりの音が聞こえてきそうだ。
その顔を無理矢理沈め口元に引きつった笑みを浮かべた祖母は「まぁ全て終わったことだべ」と言った。
何十年経っても忘れられない辛く悲しい話。一体どんな事だったのか気になるが、きっと祖母は話してくれないだろう。
家に戻った後も、心の中のモヤモヤは晴れなかった。あの教室で見た子供達の姿が、頭から離れない。あの無邪気そうな笑顔、そして時折見せる何かを訴えているかのような目・・・
僅かな時間だったがはっきりと覚えている。
その夜、自宅に電話をし、久しぶりに父親と話した。やけに心配していたが、大丈夫だと言って電話を切った。布団に入りながらも眠れず、ひたすら天井を見つめていた。シミだらけの天井は、いくつもの顔が浮かんでいるように見える。時計の針が静かに時間を刻む音が、部屋に響く。私はあの子供達のことを考えながら、いつの間にか眠りに落ちていた。
ーー夢を見た。校庭に立つ私は、あの廃校を見上げている。窓の向こうに、あの子供達がいた。彼らは私に手を振り、何かを訴える様に口を動かしている。しかし、声は聞こえない。私は窓に近づこうとしたが、足が動かない。それどころか、体全体が重く、息苦しさが襲ってくる。
そこで、夢から覚めた。
体を起こし全身で息を吐く。冷や汗が額から頬を伝い落ちる。夢とは思えないほど、リアルな感覚。
いつの間にか隣に来ていたアメが「にゃ」と鳴き光る目で私を見上げると、頭を腕に擦り寄せてきた。
「・・・もう一度行ってみよう」
私は、アメを抱き寄せながら無意識にそうつぶやいていた。
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