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再訪
夢から覚めた後、殆ど眠ることなく考え、空が白み始めてきた頃には私の決意は固まっていた。
祖母が言うように、たまたま幽霊と出会ってしまっただけなのか。
だとしたら、何故その幽霊を私は見ることが出来たのか。
何故あの幽霊は私の事を田神佳子(お母さん)と思ったのか。
考えても答えが出る筈もない。私には霊感なんてものは無い。ならどうするか。自分の感じたまま動けばいい。
これが、夜通し考えて出した答えだ。
私は、あの学校に行こうと思っている。あの子供達が何かを伝えようとしている、そんな感じがしてるからだ。
朝食の席で、祖母にそれとなく廃校のことを話し出そうとしたが、祖母は私の顔を見て、すぐに察したようだった。
「どうかしたかい?」
「私ね、あの学校の夢を見たの。その中で、あの子達は私に何か伝えようとしてた。気になることもあるし・・お婆ちゃん、私もう一度あそこに行きたい」
祖母は深いため息をつき、しばらく沈黙したあと、小さく首を振った。
「・・美和ちゃんが言っていることがわからない訳じゃないよ。でも、あの子達が美和ちゃんに話しかけてくるのは、きっといい事じゃない。屍人はそういう存在なんだよ。生きている人間が関わっていいものじゃない」
私は祖母の言葉を理解しようとしたが、どうしても無視できない感覚が胸の中に残っていた。あの子供達の笑顔の裏には、何かを訴え求めているように私には見えたのだ。
昨日降っていた雨はあがったが、霧がとても濃い。柔らかい白いカーテンの様な霧の奥の方から、元気よく鳴くセミの声がアンバランスで気味が悪い。湿気のせいか、じっとしていても汗が吹き出すくらいの暑さ。太陽の力は、濃い霧の中でも発揮するらしい。
エアコンのない家は窓を開けないと蒸し風呂みたいになる。扇風機を使いながら、霧の侵入を防ぎ何とか涼を取ろうとする。
そんな不快極まりない環境の中で宿題を終えた私は、縁側に座る。霧のせいでしっとりと髪が濡れてくるが、ミストだと思えば気にもならない。霧に隠れた庭木や花を想像しながらこの後の計画を考える。蝉の声と共に、午後の時がゆっくりと過ぎていった。
夜になり、祖母が寝静まったのを見計らって、私は昼間考えた計画を実行した。
昼間の濃い霧が嘘のように薄くなっていた。空を見上げると漆黒の夜空が広がっている。都会と違い空を埋め尽くすほどの沢山の星が瞬いている。
懐中電灯が見つからなかったので、ぼんやりと照らす月明かりだけを頼りに廃校に向かう為歩き出した。
自分自身、こんな夜に慣れない土地で外に出るなんて考えられない事だが、昼間の学校での体験がこんな大胆な行動に繋がってるのかもしれない。狐につままれたような体験。
ーーー確かめたい。
そんな気持ちを抱えた私は、夜道を一人歩く事に不思議と怖くはなかった。
「にゃ」
「え?あ、アメ。ついてきたの?」
私と歩調を合わせトコトコと歩くアメに驚き声を掛ける。
「おいらも一緒に行くべか?」
「えっ!!」
アメが返事をしたのかと思い、驚いて立ち止まる。
「ははは」
すぐ後ろに、平太が立っていた。
薄汚れた白いTシャツが、月明かりをぼんやりと反射している。
「なんだ・・平太か。私学校に行くのよ?」
「知ってるよ」
「知ってるって・・なんで知ってるのよ」
「おいら、学校って所に行ってみたかったんだ。連れて行っておくれよ」
「え?学校行ったことないの?」
「ねえ」
まじまじと平太の顔を見る。
何処にでもいそうな男の子。着ている服は汚いけど、特別変わった所もない。
「あのさ、平太はこの村に住んでるの?」
「うん」
「住んでるのに何で学校に行かないの?あっ、別の学校に通ってるとか?」
「おいらに学校は必要ないんだ」
「必要ない?」
小学校は義務教育で、誰しもが行く場所だという事ぐらい知っている。
必要とか必要じゃないとかで決められるものなのか?
私は更に平太をまじまじと見る。
(もしかして、貧乏だから行けないのかな。だとしたらこれ以上聞かない方がいいかも)
私の友達には両親がいるが、ウチは父親だけだ。それぞれの家庭がみんな同じではないという事は理解しているつもりだ。
平太はニッコリと笑いかけ
「コイツらも一緒に行くってさ」
と言って足元に視線を落とす。
「あれ?佐藤さんにビッグ達」
いつの間に来ていたのか、平太の足元に寄り添うように佐藤さんが座り、ビッグ達はあぜ道に散らばり土をついばんでいる。月明かりに照らされた白い羽根が大きな綿毛の様に見える。
「鶏は勝手についてきたんだ。鳥は夜になると目が見えなくなるのにな」
平太は小さな肩を上げ下げする。
「そう。佐藤さん行けるの?」
犬のくせに面倒臭がりで臆病だと聞いている。そんな性格の犬が夜の学校・・しかも廃校になんか行くだろうか。
私は佐藤さんの前にしゃがみ込み頭を撫でる。くぅーんと頼りない鳴き方をした佐藤さんだが、逃げないので一緒に行けるようだ。
「よし!じゃあ行こうか」
仲間が増えた事で、心強さを感じた私は先頭に立ち廃校に向けて歩き出した。
ムッとする温い風が吹き木々のざわめきとジャリ・・ジャリという歩く音が響く。
後ろを振り向き、みんながついてきているか確認する。
ニコニコしながら歩く平太の横で、寄り添う様に歩く佐藤さん。ちょっとした音に驚き、羽をばたつかせながら一定の距離を保ちついてくるビッグ達。私を励ますように、時折こちらを見ながら歩くアメ。
不安はあるけど、みんながいれば大丈夫だ。
学校の門が見えてきた。心臓が早鐘を打つように高鳴り始める。
校庭に足を踏み入れると、静まり返っていた学校が侵入者に気がついたかのか、急にザワついたように感じた。
ふとあの教室の窓を見上げると、子供達の姿がそこにあった。だが、今度は笑顔ではない。ある子供は顔を覆い、ある子供は窓から体を乗り出ししきりに何か叫んでいる。
鬼気迫る様なその様子に思わず足が止まる。
「行かんのか?」
平太が私の顔を覗き込んで言う。
「い、行くわよ」
そう言っても中々足が前に進まない。
「どうしたのさ」
「・・・平太にはあの子達が視える?」
平太はゆっくりと顔を動かし教室を見上げる。
「ああ。視える」
「・・・何を叫んでるんだろう。私には声が聞こえないの。昨日教室にいた時は聞こえたのに」
「・・・・・さぁね」
口元を不気味に歪ませ笑う。
その笑顔は、さらに私を混乱させる。
「取り敢えず行くべ。行かなきゃ何も始まらないだろ?」
「・・・・うん」
救いを求めるように足元にいるアメを見る。
私を見上げ、大きな目が月明かりを受け光っている。
「アメ・・」
アメをゆっくりと抱き上げる。アメの体温が、不安と緊張でいっぱいの私の気持ちをほぐしてくれる。
佐藤さんは平太を盾にするように後ろにつき、ビッグ達は、我関せずと土をついばむ。しっかりと私達の側にいるのは可愛らしい。
「行くよ」
私は、ようやく動かなかった足を一歩前へ出す事が出来た。
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