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夜の廃校
校舎の中は静まり返っていた。
廃校なのだから当然の事・・でもこの学校は違う。この世にはいない生徒たちがいるのだ。
靴を履いていても感じる冷たい廊下を慎重に進んでいく。
割れた窓から差し込む月明かりで、ぼんやりと足元は見えるが、ガラスや板片などが散乱しているため気をつけなければならない。
「にゃ・・・」
アメの苦しげな鳴き声がした。
驚いた私は足を止め、自分の腕に力が入っていた事に気がつく。
「あ、ごめん」
抱き締める腕を緩め、アメを抱き直す。
平太は先頭を歩き、まるで校舎の中を知り尽くしているかのように歩く。月明かりを浴びた平太の影が不気味に伸び、時々ビクリとする。
佐藤さんは耳を垂れ、ふすふすと鼻を鳴らし平太の後に続く。
「コッコッコッコッ」
ビッグはコッコとピヨと一緒に小さな足音を立てついてくる。時折バサバサと羽ばたく音にドキリとさせられるのには困ってしまうが、鳥とはいえ一緒にいてくれるのは有り難い。
階段に差し掛かり、一段一段ゆっくりと上っていく。
ギシ・・ミシと、昼に来た時は気にしなかった音も、暗闇の夜には肝が冷えるような音になる。
「あそこだよね」
声を落とした平太が、四年生の教室を指さし振り返った。
「・・うん」
アメを抱き直し、教室へと近づいて行く。
教室の中は、あの時と同じ光景が広がっていた。
壊れていない机と椅子が規則正しく並び、割れていない窓ガラスには、白いカーテンが備え付けられている。
この教室だけまだ生きている。
黒板の前に子供達はいた。教室に入ってくる私達と少しでも離れたいと思ってるのか、人塊になってこちらを見ている。
暗がりでも窓から差し込む月明かりのお陰で、今にも泣き出しそうな顔をしている子や不安そうに見つめる子等の顔がはっきり分かる。
この子達は本当に幽霊なのだろうか。どう見ても生きてる人間にしか見えない。
ゴクリと喉を鳴らした私は口を開いた。
「あの・・」
「帰れ!!」
「え?」
「帰れ!!何しに来た!」
その言葉をきっかけに、子供達は私達に向けて罵声を浴びせ始めた。
しゃがみ込んで泣く子や外を指さし顔をくしゃくしゃにして「帰れ」と連呼する子。黒板に背中をつけ恐怖に慄いた顔をしながら首を左右に振る子・・・
「何で・・」
胸が締め付けられるような思いがした。
私が生きた人間だからなのか。
この子達が死んでも尚ここにいるという事は、この場所に想い入れが深いから、よそ者は来るなという事なのか?
「私は・・邪魔をしに来た訳じゃないわ」
「じゃあなんで来た!」
その言葉に私の心は揺れた。ここに来る明確な理由はない。ないけど、来なきゃ駄目なような気がしたのだ。
「もう・・もうやだ・・」
顔を覆い泣きながら女の子は言った。
「べ、別に私は・・」
「美和帰るべ。歓迎されてなさそうだ」
平太が私の肩を掴み言った。
「そうだ!帰れ!帰れ」
その内「帰れ」の大合唱が始まる。
アメを抱く腕に力が入る。
なぜ私はここに来たのか。何をしようとしていたのか。分からなくなった。
知らない村で夜に家を抜け出してまで来た。何故そこまでして来たのか・・来なくちゃいけないような気がした。ここに来れば・・
そうだ。私はみんなが何か言いたいことがあるんじゃないかと思って来たんだ。
「あの・・」
話をしたい。
でもそれは無理な事が分かる。「帰れ」の大合唱の前で、落ち着いて話す事など不可能だ。
すっと肩を落とし、諦めて教室から出て歩き出した。もう平太と佐藤さんは先に行ってしまったようで姿が見えない。
「よっちゃん」
「え?」
振り向くと、昨日私に声をかけてきたどんぐり目をした女の子と、赤い頬をした女の子が寄り添うように立っていた。
「よっちゃん・・」
二人共、今にも泣きそうな顔をして私を見つめる。口をもごもごさせ何か言いたそうな顔をしながらも、言い出せない。そんなふうに見える。
「あ・・あの・・」
「よっちゃん助けて」
絞り出すような掠れた声。
「え?」
「私達をここから出して欲しい。」
どんぐり目の子が縋るように私を捉える。
「お母さんさ会いたい・・会わせて・・お願い」
赤い頬を更に赤くして私を見る。
私は戸惑った。
何故この二人は私に助けを求めているのか。
教室にいる皆は私に帰れと罵声を浴びせる中、この二人は助けて欲しいという。
後退りし混乱する頭を抱え、どう答えていいのか戸惑ながら聞いた
「出してって・・・どうしたらいいの?」
私の問いに、どんぐり目の女の子は一瞬悲しそうな表情になり俯いた。
その代わり、赤い頬の女の子が絞り出すような声で言う。
「・・神社の・・夜哭神社の箱を・・あの箱を開けて欲しい」
「箱?・・あ、あの箱」
平太が秘密基地と言っている神社の社殿の中にあった箱。
外側に、ガラス玉が入った大きな目が彫られた奇妙な箱。
「あの箱を開ければ、みんなは助かるの?」
二人はこくりと頷く。
その時だ。
教室の扉がバン!と音を立て勢いよく閉まった。
「きゃっ!!」
突然の事に驚いた私は、腕に抱いていたアメを落としてしまった。アメは音もなく廊下に降りると「にゃ」と小さく鳴く。
教室の中から「帰れ!帰れ!」と先程よりも強い罵声が聞こえる。
罵声が響く度に窓がビリビリと震え、細かいガラス片がチャリチャリと落ちる。
恐ろしくなった私は、小さく悲鳴をあげ急いでアメを抱き抱えると一目散にその場を後にした。
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