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「おはよう。随分早く起きたんだねぇ」
エプロンの紐を結びながら祖母が居間に入って来た。
「・・うん」
「あら、宿題かい?朝の涼しい内さやった方がいい。婆ちゃんの家はクーラーがないから」
満足そうに頷き台所へと消えて行く。
私は、真っ白なノートの上にシャーペンを投げ頬杖をつき考えた。
あの後逃げるようにして学校を出た私は、後ろを振り向くことなく一心不乱に逃げた。
平太や佐藤さん。ビッグ達の事など忘れ、アメを抱えてひたすら無我夢中で走った。
今にも長く伸びた手が、髪の毛やシャツを掴んできそうな恐怖を感じながら、ひたすら前を向き走った。
祖母の家に着き足音も気にせずバタバタと走り部屋に入るとアメを離し、そのまま布団の中へと飛び込んだ。
(何?何?何?・・怖い。やっぱり行かなきゃ良かった)
ぐるぐると恐怖が頭の中を支配する。
夢ともつかない現実。受け入れ難い現実。
頭まで被った布団をそっと下げ、暗い部屋の中を見回す。
(追いかけては来ないみたい。みんなはあの教室から出られないんだ)
少しホッとしたものの恐ろしい体験をしたことには変わりなく、その夜は一睡も出来なかった。
投げ出したシャーペンを手に取り、一つだけ計算問題を解く。
「う〜ん」
またシャーペンを置き、頭を抱える。
勿論、計算が難しくて唸っている訳では無い。
(どうしてみんなあんなに怒ってたんだろう。この前私が教室にいた時は、あんな風じゃなかったのに)
あの時教室に登校してきた子供達は、寒さに震えながらも、友人達と楽しく過ごす日常の学校生活がそこにあった。
昨日の夜のような、校舎内に響くような大きな声を出す者や、怒りや恐怖、不安が混ざった顔をする者などは一人もいなかった。
(・・そう言えば、寒いって言ってたな。みんな上着着てたし。雪がどうとかも言ってた・・もしかして、あの子達の季節は冬で止まってるってこと?)
寒くもないのに腕に鳥肌がたってきた。
(赤い頬をした子は神社にある箱を開けて欲しいって言った・・開けたらどうなるの?勝手に開けていいの?・・・駄目!絶対駄目だよ。あの時のお婆ちゃん怖かったもの)
平太達と神社に行った時、祖母が血相変えて追いかけて来て私を連れ戻した。私が箱を開けたと思い込んだ祖母の動揺は、驚くほどだった。
(開けてないよって言った時のお婆ちゃん、凄くホットしてたな・・)
〜開け方を知らない〜
ふと、あの時祖母が言った言葉を思い出す。
(開け方・・鍵でもあるのかな。でも、あの箱に鍵穴なんてなかった様な気がするけど・・どうやって開けるんだろう)
「う〜ん」
「ははは。美和ちゃん苦労してるようだね。そんなに難しい宿題なんか?」
鮭と納豆とご飯が乗ったお盆を手に部屋に入って来た祖母は、笑いながら言った。
「う、うん」
「手伝ってあげたくても婆ちゃんの頭は良くないからな。はっはっは。でも、一人で考えて解いた方が、自分の為になるべ。さ、まずご飯さ食べるべ」
「うん」
いつも冷たいパンをかじる私にとって、暖かいご飯がある朝ご飯は嬉しかった。
(お父さん朝ご飯食べてるかな)
私よりも早く家を出る父親が、朝ご飯を食べてる姿を見た事がない。途中、コンビニで買ってるのだろうと勝手に思っているけど、こうして自分が暖かい朝ご飯を食べていると、ふと心配になる。
「そう言えば、俊樹が美和ちゃんにプレゼントさあるって」
「プレゼント?」
「んだ。なんでも、デパートさ行った時美和ちゃんに似合いそうな服を見つけたから買ったって言ってたなぁ」
「そうなんだ」
熊のように大きな体をした人が、子供服を選んでる・・・少し笑っちゃうかも。
「嬉しくないのかい?」
「ううん。勿論嬉しいよ!!」
「ははは!急に元気になったべ。俊樹は納屋の隣のプレハブにいるから、宿題さ終わったら行ってごらん」
「うん!」
かき込むようにして朝ご飯を終わらせた私は、宿題を少しだけやってから急いで家を飛び出した。
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