俊樹叔父さん

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俊樹叔父さん

身支度を整えた私は、早速俊樹叔父さんが普段過ごしているプレハブへと向かう。 納屋の隣にあるプレハブは私が思っていたのとは少し違った。 壁や屋根がトタンで作られた簡素な作りの小屋。台風でも来たら直ぐに潰れてしまいそうな程貧相な建物だ。 周りには野良仕事で使う道具が雑多に置かれており、かつて農作業の道具を置かれていた場所なのだろうと思う。入口に近づくと、扉に長方形の紙が貼られていた。 「御札・・?」 短冊のような白い紙に奇妙な形と、黒い墨で流れるうな文字が書かれている。 (この形・・あの箱の上にあった紙に描かれていたのと同じ・・) 「・・なんて書いてあるの?これ」 漢字なのか記号なのか分からない文字を、首を捻り見ていると突然扉が開いた。 サングラスをし、白のポロシャツに水色のズボンを履いた俊樹叔父さんは「来たか」とだけ言い中に入ってしまう。 勝手に入っていいのか分からず、扉の前でまよっていると、中から「入れ」と声。 ぶっきらぼうな口調に不安を抱えながらも「お邪魔します」と小声で言い小屋に入る。 小屋の中は案外こざっぱりとしていた。 タンスと棚の上に小さなテレビ。布団は壁際に置かれ、部屋の真ん中にちゃぶ台があるだけ。整然と片付けられている様に見えるが、その中にこの場に相応しくない物が置かれていた。 人体模型だ。 学校の理科室で見た事がある。子供ぐらいの背丈で、体の半分の内蔵が見えている。初めて見た時は、その異様な姿からドキリとしたのを覚えている。人間の体の中はこんな風になってるんだと、驚きながらも感心したものだ。 先にちゃぶ台の前にあぐらをかき座る俊樹叔父さんは、その上にある店の名前が入った紙袋を私の方に滑らせ「これ」とだけ言った。 「あ、ありがとう。見てもいい?」 「・・・・・」 相変わらず、サングラスの奥の感情が読めないが、私はガサガサと袋の中から服を取りだした。 「わぁ〜可愛い!」 俊樹叔父さんが買ってくれた服は、襟元にフリルがついた白いブラウスにプリーツのチェックのスカートだった。リボンがワンポイントの靴下まであるのには驚いた。 普段着るにはもったいないほど可愛くて上品な感じのする服だ。 安い量販店でしか服を買ったことしかない私は、萎縮してしまう。 「俊樹叔父さん、ありがとう。私こんないい服買ってもらったことないから凄く嬉しい」 「・・・・・」 とても可愛らしい服に嬉しくなった私は、早速袋から出し自分の体に合わせてみた。 「本当に可愛い。友達もこんな可愛い服持ってないよ」 「・・友達?」 「うん」 スカートの裾がヒラヒラするのが嬉しくて、体をクネクネと動かす。 「友達はいるのか?」 「え?・・・」 私の動きが止まる。生きているように裾をヒラつかせていた服が、私の気持ちと比例して大人しくなる。 「いないのか」 「・・・うん」 「そうか・・・」 抑揚のないその声は、少しだけ不快な気分になる。 「別にいなくてもいいんだ。一人でも楽しいし」 嘘だ。本当はそんなこと思ってない。そう思いながらも、言葉が口から出てしまう。 「明日・・その服を持って帰れ」 「え?」 突然のことに、開いた口が塞がらない。 「聞こえなかったのか。明日帰れと言ってるんだ」 「な、なんで?来たばっかだよ?もう帰るの?」 「そうだ」 意味がわからない。 まだ、ここに来て一週間も経ってないのに帰れとは・・胸がザワザワする。 昨日の夜、クラスの子達にも帰れと言われ、今日は俊樹叔父さんに同じことを言われる・・ もしかして、昨日の夜勝手に家を出て学校に行ったことがバレてるのか。 「・・怒ってる?」 「怒る?なんで俺が怒るんだ?」 ーーバレてないのか? なら、どうして帰れなんて言うのか・・もしかしてこの服は、帰る時の餞別としてくれたのだろうか。だとしたらこんな服いらない。 私は服を紙袋に乱暴に入れると、俊樹叔父さんの向かいに座り言った。 「わ・・私は、お婆ちゃんから電話をもらった時本当に嬉しかった。ずっと友達もいなくて、また退屈で孤独な夏休みになるんじゃないかって思っていたから。だけど、ここに来てただ楽しい時間を過ごせるだけじゃないって、だんだん気づいたの。ここは、お母さんが生まれて育ってきた場所。この部屋でお母さんも勉強していたのかな、この廊下を走り回っていたのかなって、そんな事を考えながら歩いていると不思議な感覚になる。私は今お母さんが昔見た景色を見て、同じ風や匂いを感じているんだなって。ここを通って、きっとお母さんも学校に行ってたんだろうな・・そんな想像をすると、なんだか胸が温かくなる。 私には・・私にはお母さんとの思い出は殆どない。お母さんが笑っていた顔や、話していた声さえも、朧気で記憶の中では曖昧にしか浮かばない。でも、ここに来てお母さんがどんな風に毎日を過ごしていたのか、少しだけわかる気がする。仏壇にある写真だけじゃない、お母さんの存在がこの場所には詰まっている気がするの。お母さんが過ごしてきたこの場所に、今私が立っている。それだけで、お母さんともう一度繋がれているような気がして、胸がいっぱいになるの」 私は息をするのも忘れるほどに、一気にまくしたてた。 俊樹叔父さんは、私の話を眉ひとつ動かさず黙って私の話に耳を傾け、しばらくの間黙っていた。 その顔には言葉にできない感情が浮かんでいる様に見える。 やがて俊樹叔父さんはフッと小さく息を吐き笑った。 「お前は優しい子だな」 とても柔らかな笑み。いつもの近寄り難い雰囲気など微塵も感じない。 「お母さんがここに居たら、きっと嬉しくて泣くだろうな。姉ちゃんは昔から泣き虫だったから。お前が生まれた時、姉ちゃんは凄く喜んで「私の宝物が出来た」なんて言ってたんだ。とても幸せそうで・・・ようやくんだって俺は思ってた・・・」 寂しげな表情をした俊樹叔父さんは、そっとサングラスを外しちゃぶ台の上に置いた。 私の思った通りだった。 俊樹叔父さんはとても優しい目をしていた。 「・・・その人並みの生活をお前にも送って欲しくて・・・だから、姉ちゃんが死んだ後、俺はお前に連絡をする事はしなかった。このまま村と関係がなければそれでいいと思ったからだ」 「関係がなければって?」 「お前は、自分の母親が何故死んだのか知ってるのか?」 体が一瞬固くなる。 私は、母親がどうして死んだのかを知らない。 何度も父親に聞こうとしたが、聞けなかった。母親の事を話すと、いつも辛そうな顔をするからだ。父親のそんな顔を見たくない私は、ずっと我慢してきた。 「・・俊樹叔父さん、お母さんは何で死んだの?」 今まで言葉にしたくても出来なかった言葉を言った。 俊樹叔父さんは少し驚いた顔をしたが、直ぐに「ああ」と納得した様に言うと、ちゃぶ台に両肘をつき顔の前で祈るように両手を組んだ後、重大な告白でもするかのように言った。 「そうだな。どこから話そうか・・・」
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