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始まり
「ねぇお母さんは?」
「・・・・」
「何でみんな泣いてるの?」
「・・・・」
「お母さんお買い物から帰ってきた?」
「・・・・」
「ねぇってば。美和のお誕生日のケーキは?」
「くっ・・・」
黒い服に身を包んだ父親が、苦痛に顔を歪め私から目を逸らした。
いつも明るく冗談を言いながら遊んでくれる父親ではない。
私はこれ以上父親に聞くのはいけない事なのだと、何となく察した。
白で統一された部屋には白木の祭壇があり、中央には母親の写真。
口元に薄らと笑みを浮かべた写真。
その写真を前にして頭を下げ涙ぐむ人々。
みんな同じ黒色服を着て、祭壇の前で手を合わせると私の隣に立つ父親の所に来てボソボソと話して通り過ぎていく。
初めて見る光景に、私は戸惑っていた。
ーー何日前だっただろうか。
そうだ。私の誕生日の日だ。
その日母親は、予約していたケーキを取りに行くと言い残し家を出た。
荷物が多くなるから一人で留守番しといてねと言われた私は、アニメのDVDを観て待っていた。
でも、その日から母親は帰ってくることはなかった。
青ざめた父親がバタバタと忙しなく動き回る中、突然来た祖母と一緒にその様子を見ていた。
祖母は「大丈夫大丈夫」と同じ言葉を呪文の様に言い、私を強く抱き締めた。
何か良くないことが起きた事は分かる。
だって、私の誕生日ケーキがないから。
ずっと立っているのが辛くなってきた。線香の煙が充満するのにも耐えられなくなってきた。
父親を見上げると、下を向き唇をかみ締め辛そうな表情をしている。
抱っこして欲しいとは言えなさそうだ。
さっきから何を聞いても答えてくれない。
母親は一体どこへ行ったのか。
遠くのお店まで買い物に行ったのかな。
近所のケーキ屋さんに行くって言ってたけど。
雨が降ってる時はゆっくり運転するって言ってたから遅いのかもしれない。
私は、父親のズボンを少し引っ張りながら言った。
「お母さんは帰ってくるから大丈夫だよ」
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