悪夢

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暫くは平穏な日々が過ぎた。 アメや佐藤さん、ビッグ達と遊んだりお婆ちゃんと一緒に畑仕事を手伝ったりした。 そしてーーー 雨が降っていた。 連日降り続く雨にうんざりしながら、縁側に座り空を見上げていた。 「あ〜あ。今日も雨かぁ」 「宿題がはかどっていいべな」 部屋の掃除をしている祖母が笑いながら言う。 「宿題も殆ど終わっちゃったもん」 街中なら、ゲームセンターや雑貨屋等娯楽施設があるが、ここはそんな建物なんかない。霧深い庭で遊ぶのもやる事が限られてしまい、やも得ず宿題をやる。なので、いつもより早く終わってしまったのだ。 「あれま。それはたいしたもんだ」 そう言いながら別の部屋の掃除をしに行く。 私はその場にゴロリと寝転がった。 雨が庭を打つ柔らかい音が心地よく、湿り気を帯びた風が肌を撫でていく。 濡れた土の匂いが仄かに漂い、畑の方ではカエルが鳴いている。 雨が嫌いな佐藤さんは、納屋の奥の方で寝ているし、鶏のビッグ達も簡素な小屋の中で大人しくしている。 田舎のゆったりとした時間を肌で感じながら、ゴロゴロしていた。 「おい」 「わっっ!!」 突然声を掛けられ、驚いた私は飛び起きた。 「ははは!起き上がり小法師みたいだな」 ーー平太だ。 「あ〜ビックリした。いきなり声掛けないでよ」 「じゃあどうやって声かければいいんだ?」 「ん〜そうねぇ・・わざと足音をたてるとか・・」 「はぁ?めんどくせぇな。それより遊びさ行くべ」 「は?雨降ってるのに?」 「雨?雨なんて降ってないべ」 「嘘!だってほら・・・あれ?」 先程まで降っていた雨が止み、いつもの様に霧が立ち込めている。 「・・ホントだ。やんでる。いつの間に・・」 「な?だから遊びに行こう!」 「でも、もうすぐお昼だし、お昼ご飯食べたらね」 「昼飯かぁ・・・そう言えばさ」 平太は口元に手を当て、探る様に私を見る。 中々話出さない平太に業を煮やし、口を開きかけた時 「あの学校さいた奴が言ってた事覚えてるか?」 学校ーーー心臓が体の中でドキンと跳ねた。 「言ってた事?」 「うん」 忘れた訳では無い。 忘れようにも忘れられない程、私の脳裏にこびり付いている。 わざと考えないようにしていたのだ。 「・・・何だっけ」 私はわざととぼけた。 「忘れたのか?・・・お前さ、あの学校さいる奴らの事可哀想とか思ってっか?」 可哀想?確かにあの場所に縛られているのだとしたら可哀想だ。 でも、最初にあの子達と会った時はとても楽しそうに学校に登校していた。突然の豹変には驚いたが・・ 「分からない。あの時・・・あの時、みんなが私達に「帰れ」って言ったじゃない?何であんな事言ったんだろう。私何も悪い事してない」 そうなのだ。一番気になる所はそれなのだ。 邪魔な者を追い返すようにイキリたっていたが、あの子達は何かに怯えているようでもあり、訴えているようでもあった。 「お母さんに会いたいって・・ここらから出して欲しいとも言ってた。そして・・」 「それさ、出来るかもしんねぇ」 「え?」 「アイツらをあそこから出す事が出来るかもしんねぇ」 「どうやって?幽霊なんだよ?幽霊だったら壁をすり抜けたりできるでしょ?空も飛べるでしょ?だったらもうとっくにあの学校から出てるはず。でも出られないって事は、何か別の方法じゃなきゃ出られないんだよ」 「んだ。その別の方法さおいらは知ってるべ」 「え?・・・何?」 「あの神社さあった箱を覚えてるだろ?あの箱さ開けるんだ。開ければ、閉じ込められているモノが開放される」 解放・・・もしかして、あの箱にはあの子達の魂でも入っているとでも言うのか? 〜あの箱を開けて欲しい〜 赤い頬をした子が言っていた。 あの箱を開ければいいのか? 途端、祖母の顔を思い出した。 恐ろしい形相で神社から私を連れ戻した祖母。 箱を開けてないと知った時の安堵した顔。 「あの箱は開けちゃいけないんだよ。お婆ちゃんが・・」 「お前、アイツらの事さ助けたくないのかよ。家に帰りたいって泣きつかれたんだべ?親にも会えずにずっとあの学校さいるんだ。可哀想じゃないのかよ」 「・・・・」 祖母の顔が頭にチラつく。 「誰でも死んだら家族の元さ帰りたいよな。ましてやまだ子供だべ?親の所にも帰れずに・・酷な事だべ」 平太は大人びた口調で頭を振りながら言った。 「・・本当にあの箱を開ければ、あの子達はあそこから出られるの?解放されるの?箱の中にあの子達は閉じ込められてるの?誰がそんな事したの?」 矢継ぎ早に質問する。 「・・・・・」 辛そうな顔をした平太は黙っている。 「・・箱の蓋さ半月の形をした凹みがあったのは分かったか?」 「え?・・・そういえば、凹みがあったかも」 「その凹みさある物をはめれば、あの箱は開く」「ある物?ある物って何」 「この家さある櫛だ」 「櫛・・・」 それはもしかして、私がお婆ちゃんに渡した櫛の事だろうか。 「んだ。その櫛だべ」 平太は、私の考えた事を読んだかの様に頷く。 「でもあの櫛はお婆ちゃんに渡しちゃったわ」 「何とかして取り返すべ」 「取り返すべって言っても・・」 「アイツらさ助けたくないのか?ず〜っとあそこに縛り付けられてるんだぞ?泣いて言われたんだべ?出してって」 「・・・うん」 と私は頷いたが、何か胸の奥がざわつきスッキリしない。 解放することによってあの子達が、本来帰る場所に帰れるのならそれがいいと思う。 いいと思うけど・・・ 「でもどうやって取り返すの?」 「良い考えがあるべ」 そう言うと平太は、身を乗り出し声を低くして早口で言った。 「お前の婆ちゃんが夜寝た後さこっそり部屋に忍び込んで持ってくるんだ」 「え・・それって何か泥棒みたいでヤダな。お婆ちゃんに事情を話して貸してもらうのはどう?」 「アホか」 平太は呆れ顔で言うと 「あの櫛はこの家さ代々受け継がれてきた大切な物なんだ。どんな事情があったとしても貸して・・じゃあ昼飯食べたら秘密基地さ来いよ。じゃあな」 突然慌てた様子でそう言うと、平太は走って行ってしまった。 「え?何?」 突然話を切りあげ逃げる様に走って行ってしまった平太に、訳が分からずにいると 「お昼ご飯が出来たよ」 振り返ると、頭にタオルを巻いた祖母がこちらに歩いて来ていた。 「っ!!・・・お、お婆ちゃん」 「ん?どうしたんだい?そんな驚いた顔して。今畑からトマトを採ってきたんだ。いや〜暑い暑い!雨だと霧より蒸し暑く感じるべさ」 そう言いながら、タオルで雨で濡れた顔を拭った。 「え?雨?雨はもうあがって・・・」 外を見ると雨が降っている。 「え?さっきは・・」 「どした?」 「ううん。何でもない・・私トマト大好きだよ」 「そうかい。じゃあ一緒に食べるべ」 「うん」 そう言って立ち上がった私は、平太が走っていった方を振り返る。 もう、何処にも平太の姿はなく雨が音もなく降っているだけだった。 「・・平太。急にどうしたんだろう?」
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