独りの理由

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独りの理由

それから6年が経ちーー バタバタと雨どいから水がこぼれ落ちている。窓を閉めていても煩い音に、顔をしかめながら落ちる雨水を見ていた。 以前大雨が降った時に壊れてしまったのだ。 父親が直すと言ったきりそのままになっている。 (いつ直すんだろう) リビングでだらしなく横になりながら、小さな滝のようにこぼれ落ちる水を見上げる。 付けっぱなしのテレビからは、未解決事件の番組がやっており、先月肝試しに出かけた男女4人が行方不明になり未だ見つかっていないと話す司会者が映っている。 家には私独り。父親は仕事でいない。 母親は・・ 母親はまだ帰らない。 違う。帰らないんじゃなく死んだのだ。 それも、私の誕生日に。 もう私も小学4年生。10歳になった。 その位理解出来る。 ただ、どうして死んだのかが分からない。 事故なのか。病気なのか。自殺なのか。それとも殺されたのか。 何度か父親に聞いたことがあるが、辛い顔をして黙り込むのでもう聞くのを辞めた。 (私の誕生日ケーキを取りに行ったのは覚えてる。じゃあ事故かな・・) 可能性が高いものから考えていく。 幾度となく考えた事だ、いつものように答えが分からないものに対し、想像を広げていく。 (あれ以来、お母さんの車がないからやっぱり事故か。それともケーキ屋に強盗が入って、その場にいたお母さんが殺されちゃったのか。それとも、私とお父さんが嫌になって家出したとか。それとも・・) 「やめた!・・・分かんない!」 大きく溜息を吐き立ち上がる。 テレビを消しキッチンへ行くと、勢いよくコップに水を注ぐ。 主を失ったキッチンは物が乱雑に置かれ汚い。 (お母さんがいた時はもっと綺麗だったのに) でもそんなことは言えない。 父親は仕事が忙しいのに、簡単なものだが毎日ちゃんと料理をしてくれる。 最近私も手伝うようになった。 (後で綺麗にしとくか・・) 一気に水を飲むと、洗い物が溜まった流しにコップを重ね二階の自分の部屋へと向った。 「あ〜〜〜」 部屋に入った瞬間、溜息にも似た声が漏れる。 ドアを開けると同時に、勉強机の上にある夏休みの宿題の山が目に入ったからだ。 一気に体の力が抜ける。 「あ〜〜〜〜」 私は声を出しながらベッドの上にと倒れ込んだ。 横になりながら、宿題と床に転がるランドセルを見る。 夏休みに入って一週間。 (みんな今頃プールかなぁ。梨花ちゃんは山に行くって言ってたな。つかさ君はおばあちゃん家に。里美ちゃんはいとこの家に。友里恵ちゃんは海外だっけ・・) 「・・・・ま、私には関係ないけどね」 わざと大きな声で言った言葉は、虚しさを含みながら部屋の壁へと吸い込まれていく。 終業式の日。 クラスのみんなは浮き足立っていた。 「夏休みは遊園地に行くんだ」 「私は海」 「私はいとこの家」 「おばあちゃんの家に行ってカブトムシ捕まえるんだ」 嬉々として話すみんな。 その話を、私は教室の片隅でこっそりと聞いていた。 私もどこかに行ければ、みんなの輪の中に入って喋れるのに。 そう思いながら聞き耳を立てる。 私には友達が一人もいない。 作れないんじゃない。作らないのだ。何故?面倒だから。 それに、人とどうやって接したらいいのかが分からない。 分からない事は、無理にやらない方がいい。 ただ、家でも独りなのは少しだけ寂しくなる。 父親は仕事が忙しく、休日出勤も沢山ある。 「美和の為に沢山稼いでくるからな」 疲れている顔を無理矢理笑顔にして、父親はいつもそう言って家を出る。 今までなかった白髪が目立つようになってきた。 そんな父親に「仕事に行かないでかまって欲しい」なんて事は絶対に言えない。 (無理しなくていいのに) といつも思うが、大人の事情は分からないから言わない。 友達がいれば、家に招いて遊んだり逆に遊びに行ったり出来るのだろうが、無理なことはやらない。 だって、その友達といつまで友達でいられるか分からないから。 いつか人は死ぬ。 おばあちゃんやおじいちゃんになってからじゃない。子供でも若い大人でも。突然死ぬんだ。 ヘタに友達を作って、その友達が何かで死んだらどうする? お母さんと同じように。 だから私は独りでいる。最初から独りなら、寂しさもこんなもんだと思う事が出来る。でも、誰かと一緒でその人が居なくなった時の寂しさは計り知れない。 だから、私は独りでいる。 チラリと机に視線をやる。 図書館で借りた本に、主人が寝ている間に靴を作ってくれた小人の物語を読んだのを思い出した。 「あ〜あ。ウチにも宿題をやってくれる小人来ないかなぁ」 いる訳もない小人に向かって大きな声で言う。 「ん?」 電話の音がする。 慌てて飛び起きた私は、部屋を出ると階段を駆け下りた。 ウチの電話は黒電話だ。 父親は古い物に目がなく、友人の実家に残ってたのを貰ったと嬉しそうにしていた。 電話なんて何でもいいのだが、この電話の呼出音はとにかく煩い。 ジリリリリンと耳障りな大きな音を出す。 私はこの音が大嫌いだ。突然鳴り出すし心臓が跳ね上がる程ビックリする。 うるさい音を遮断するかのように急いで受話器を取った。 「もしもし。松木ですが」 「あ、美和ちゃんかい?」 電話口から懐かしい声が聞こえてきた。 「お婆ちゃん!」 「久しぶりだなや。元気にしてたが?」 「うん!」 祖母とは、母親の葬式以来会っていない。 母方の祖母で場所は忘れたが、凄い田舎に住んでいる事は覚えている。 一度だけ家族みんなで泊まりに行った事があった。 高いビルやコンビニもなく、山に囲まれ見渡す限り畑が拡がっていたのを思い出す。 お婆ちゃんの家はとても広くて大きい。 庭には、放し飼いになっている動物がいたと思う。 動物が自由に歩き回り、広く大きな家を見た私は幼いながらに衝撃を受けたのを覚えている。 「どうしたの?」 お婆ちゃんの優しい方言と声を聞いてると、電話口から田舎のゆったりとした時間が、流れてくるような感覚になる。 「美和ちゃん。今夏休みだべ?」 「うん」 「そうか。なら、ウチさ遊びに来るべ?」 「ええっ!」 思わず大きな声が出た。 毎年、夏休みに限らず冬休みや春休みは一人で家にいる。たまに父親の仕事が休みで家にいても、疲れているのかずっと布団から出て来ない。 独りの私はこんなものだと諦めてはいるものの、こんな魅力的な誘いには腹を空かせた犬ように飛びついてしまう。 「行く!行きたい!」 「ははは!いーよ。婆ちゃんは何時でもいいがら、お父さんの都合がいー時に来るといいべ」 「うん!今日帰って来たら聞いてみるね!」 「宿題も忘れでね持ってくるんだよ」 「え・・うん。勿論」 少しだけ気分を削がれたように感じたが、それ以上に私の気持ちの高ぶりは今にも天井を突き破りそうだ。 「後な、忘れねで持ってきてもらいたい物があるんだよ」 「何?」 「お母さんが使っていた櫛があるべ?それを持ってきて欲しいんだ」 「くし?」 「んだ。半分のお月様みてぇ櫛だべ。絶対に忘れねようにしな」 「うん分かった」 何故櫛が必要なのか分からなかったが、忘れないように電話の横にあるメモ帳に走り書きする。 「じゃぁね。気をつけておいでな」 「うん。絶対に行くから待っててね!」 先程まであったくさくさした気持ちは吹っ飛び、鼻歌混じりに足取り軽く階段を上った。
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