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祖母の家は、駅からかなり離れているので電車に乗り最寄り駅で降りた後は、タクシーで向かう事になった。
賑やかな商店等の建物がなくなり、山に囲まれた小さな集落に入った。見渡す限り山や畑。晴れているのに、薄い霧が村全体を覆っている。まるで、別の世界へと入ったかのようだ。
(あ・・人?)
道端や畑のあぜ道に、子供ぐらいの背丈の黒い影が見える。一人で立っている者や二、三人で立っている者もいる。
(何やってるんだろう?畑仕事でもしてるのかな)
目を凝らしよく見てみると、ソレはお地蔵様だと分かる。
(何だ・・お地蔵様か。それにしても凄い数のお地蔵様)
私の街にも道端や川沿いにお地蔵様はいるが、ここまでの数のお地蔵様はいない。
大勢のお地蔵様に迎えられたような気分になり、益々気分が高揚してくる。
舗装された道が終わり、小さな小石が転がる道になった。
車1台分の幅しかない道をタクシーが揺れながら進んでいく。ガタガタと振動が体に響く。まばらに建物が点在しているが、人の気配はない。その代わり、真っ白な白鷺が所々にひっそりと佇んでいた。
「あれ?」
畑の中に何かがいる。
(またお地蔵様かな?違う・・何だろう?)
お地蔵様にしては、腕と足がはっきりと分かる。畑の番人、案山子かと思ったがどうやら違う。更に目を凝らし見てみる。
白いTシャツに紺色の半ズボン。子供のように見える。
(この辺りの子なのかな。坊主頭の男の子だったみたいだけど)
車は余りスピードを出していないとはいえ、あっという間に通り過ぎていく。
首を捻りその男の子の姿を目で追うが、直ぐに見えなくなった。
「はい、着いた」
その声に我に返った私は、慌ててタクシーを降りた。
霧のせいか、夏だというのにヒンヤリとしている。湿り気のある濃い草の匂い、何処からか、トンビの声が聞こえてきた。きっと、霧の向こうの青い空を優雅に飛んでいるのだろう。
大きく腕を上げ伸びをした私は、俊樹叔父さんがお金を払っている内に、祖母と肩を並べ家の方へ歩いていく。
田舎の家は、道路から細長い道を歩いて行かなければならない。
家までの花道の様に、両サイドには色とりどりの花や植木がある。祖母が一人で育てているのだろうか。
前に来た時の記憶を呼び起こそうと、辺りを見回してみるが何も浮かんでは来ない。
「美和ちゃん覚えてるか?婆ちゃん家に迷い込んできた猫の事」
「猫?」
「そうだ。初めて美和ちゃんがウチに来た時の夜に迷い込んできたんだよ。あの時も夏で暑かったからな。玄関やら窓やら全部開けてたんだ。そこにひょっこり来たんだ」
「猫・・猫・・」
「ははは。その猫は雨の日に来たから、美和ちゃんはアメって名前付けたんだったな」
「アメ・・・・あっ!思い出した!そうそう。雨の夜に来たからアメってつけたんだっけ。可愛い猫だったよね。まだ小さくて、野良猫かなって思ったけど首輪つけてたの。赤い首輪」
「んだ。美和ちゃんが帰った後、飼い主を探したんだけど見つからなかったなぁ」
「え?じゃあ、今もアメはいるの?」
「ああいるとも」
「ホント!?」
そう言うと私は勢いよく走り出した。
砂利が敷かれた庭を横切り、鍵のかかっていない引き戸の玄関を開け「アメ!」と大きな声で呼ぶ。
靴を右に左に投げ飛ばし家の中に上がると、アメを探した。
祖母の家は、大きな平屋だ。
襖で隔てられた和室がいくつも並んでいる。
暗い廊下を渡り、一つ一つ襖を開け探す。
「アメ!アメ!」
「にゃ」
何処からか微かに鳴き声が聞こえた。
鳴き声から居場所を特定しようと思った私は立ち止まり耳を澄ます。
「にゃ・・・にゃ」
「こっちだ!」
私は北側の勝手口がある方へと走った。
「アメ!」
アメは勝手口のドアの前に座っていた。
出会った時よりも体は大きくなり、水色の瞳で私を見ていた。
「アメ。私の事覚えてる?」
そう言いながら近づきアメの前にしゃがみ込んだ。
アメは少し首を傾げ私を見て鼻をヒクヒクさせていたが「にゃ」と一声鳴くと私の足に体を擦り寄せてきた。
「はは。覚えててくれたんだね。また遊びに来たよ」
アメの小さな頭を撫でる。
気持ちよさそうに目をつぶり身を任せているアメを見ていると、昔の記憶が蘇ってきた。
あの日は朝から雨で外で遊べなかったのを残念に思いながら、一人人形で遊んでいた。
夜になり雨足が強くなった雨は、一緒に風も連れてきた。
クーラーのない祖母の家には嬉しい風だ。
「雨が吹き込まない?」と言う母親の言葉を笑顔でかわしながら祖母が家中の窓を開けていた。
少し冷たく湿った風が入ってきてとても気持ち良かったのを覚えている。
お風呂に入り、明日は晴れるようにと願いながら布団の中に入った時だった。
どこからともなく猫の鳴き声を聞いたような気がした。
まだ眠くなかった私は、布団から飛び起き耳を澄ませ声を頼りに家中を歩き回った。
アメは、開いた勝手口の扉の所にいた。
小さな身体を震わせながら「にゃにゃ」と絶えず鳴いていた。体を包む毛は薄汚れ、元はどんな毛色をしているのか直ぐには分からない程汚れていた。
私は直ぐに母親を呼び、アメを風呂に入れた。
細かく震え、絶えず鳴きながらも嫌がらずされるがままになっているアメ。風呂から出たアメは、とても綺麗な真っ白な毛色をしているのに目を奪われた記憶がある。
「相変わらず真っ白で綺麗だね〜」
頭から背中へと、柔らかな曲線を撫でる。
ゴロゴロと喉を鳴らすアメ。
突然「キィァァ〜」という悲鳴のような音がした。驚いて見ると、開いた勝手口のドアの所に祖母が立っていた。
「ここにいたのかい」
「うん。アメに挨拶してたんだ。あっ!アメ!」
アメは勝手口のドアから外へと歩いていく。
「ははは。大丈夫さ。ちゃんと帰ってくる」
「お婆ちゃん。夕飯まで外で遊んでもいい?」
「ああいいよ」
「やった!アメ!ちょっと待ってて!靴持ってくるから!」
靴は玄関にある。
猫が待ってくれるはずがないと知りつつも、私は声を掛けると一目散に玄関へと走った。
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