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全員集合
家の周りをぐるりと周り裏手へと走る。
裏庭の片隅には物置のような小屋があり、崩れかかった塀には苔が張り付いている。日差しの届かない薄暗い庭にも霧が入り込み、ヒンヤリとした空気が漂う。
「アメ!アメ!」
「にゃ」
ここにいると言わんばかりに鳴いたアメは、柿の木の下に座っていた。
家の裏手には小さな道が続いている。かつては通り道として使われていたのだろうが、今は誰も通らないようで草木が生い茂っている。
「良かった。どこかに行っちゃったかと思ったよ」
アメを抱き上げ頬を擦り寄せる。暖かく優しい匂いがする。いつまでも嗅いでいたい匂い。
コッコッコッコッ
「え?」
いつの間に居たのか、足元に鶏が三羽集まってきている。
「わっ!びっくりした〜。そうだ。お婆ちゃん家には鶏がいるんだっけ。後は確か・・・」
辺りを見回してみる。
「にゃ」
アメが物置小屋の方を見ながら鳴く。
見ると、小屋の隅からこちらを覗く何か。
「犬・・そうだ。犬がいたんだっけ。名前なは・・・ん〜」
幼い頃の記憶を呼び出す為、眉間に皺を寄せ口を尖らし考える。
「・・・あっ!佐藤さんだ!!」
私がそう叫んだ瞬間、小屋の隅にいる犬が少しだけ前に出てきた。
「佐藤さんって人から貰ったから佐藤さんって名前付けたんだよね。佐藤さん佐藤さん。こっちにおいで」
至極安易な名前の付け方だが、幼い頃の私にはそれが限界だったのだろう。
アメを下ろし、佐藤さんが怖がらないようしゃがんで呼んでみる。
鼻先を忙しなく動かした佐藤さんは、顔をあちらこちらに向けながら近づいて来る。目だけは私をしっかり捉えながら。
「ははは。佐藤さん私の事忘れちゃった?そうそう。おいで」
尻尾を振りフスフスと鼻を鳴らしながら慎重に近づく佐藤さん。
手を伸ばし佐藤さんの鼻先が触れる位置に来た時には、耳を下げ尻尾の振りも大きくなった。
「ははは!思い出した?ははは!」
三歩歩けば忘れる鶏も、私の事を覚えていたのか近くに来て羽をばたつかせる。
「夏休みはずっとここに居るつもりだから宜しくね!そうだ!鶏にも名前付けてあげようか」
その場に座り込み三羽の鶏を見ながら考える。
「そうねぇ・・・・そうだ!あなたは一番体が大きいからビッグ。次は少し小さいからコッコ。一番小さいあなたはピヨね!」
順番に指をさしながら名前を言っていく。
それに反応するかのようにコッコッコッコッと鳴きながら羽をばたつかせたり、土をついばむ。
私は、大勢の仲間が出来たような感覚になり嬉しくなった。
「さてと、じゃあ皆で何して遊ぼうか」
周りを見渡すが、林や山、畑しかない田舎。公園にあるような遊具なんてある訳が無い。
「どうしようかな・・そうだ!この辺りを探検しよう!!」
久しぶりに来た場所だけに、忘れていることも多い。仲間達と一緒なら、何処にでも行けそうな気分になる。
「おいらも混ぜてくれよ」
突然何処からか声が聞こえてきた。
驚いて周りを見るが誰もいない。
「こっちだよ。上、上」
「上?」
私は柿の木を見上げた。
そこには、枝の上に足を投げ出し座っている男の子がいる。
「あれ?君は・・」
祖母の家に来る時、タクシーの中から見たあの男の子。田んぼに一人立ちつくしていた男の子の服装と似ている。
白いTシャツに紺色の半ズボン。腕と足は枯れ枝のように細く全体的に薄汚れている。
「おめぇ、町から来たんか?」
柿の葉が邪魔で顔がはっきり見えず、口元だけが見えている。
「え?・・・うん」
「名前は?」
「美和」
「美和?・・ふ〜ん、町の子は変わった名前なんだな」
「変わってる?別に普通の名前よ、変わってなんかないわ」
私はムッとしながら言い返した。名前を馬鹿にされるのはいい気分ではない。
「おいらは平太」
「へいた?・・ふ〜ん」
私は興味なさそうに返事をしたが、実際は少しだけ彼に興味が湧いていた。
「なんだよ」
「別に〜」
「ちっ。せっかく面白い場所さ連れて行ってやろうかなって思ったのに」
「面白い場所?」
その言葉に私はすぐに反応した。田舎の何も無い場所。何か面白いことがあるなら是非行ってみたい。
「そう。おいらが一番気に入ってる場所だ」
「行きたい!連れて行ってよ!」
私は飛びつくようにお願いした。普段なら、そんな簡単にお願いなんてしないけれど、何もない田舎で、一番気に入っている場所があるなんてとても魅力的だ。
「いいよ」
平太は軽い返事をすると、枝からふわりと飛び降りた。結構な高さがあったのに、まるで風に乗っているかのように静かに着地する。その姿に私は思わず息を呑んだ。
地面に降り立った平太は、顔を上げ私をじっと見つめた。その顔は、近くで見るととても愛らしい。ゲジゲジとした太い眉、大きな目、小さく丸い鼻・・そして浅黒い肌。特徴的な眉毛がやけに主張しているように見え、意志の強さを感じる。
「ついてこれるか?」
「うん、ついてく!大丈夫よ。これでもスポーツは得意なんだから」
私は勢いよく頷いた。これから始まる冒険に心が胸が高鳴っていく。
「ふん。スポーツと一緒にしてもらってもなぁ」
「スポーツが得意と言うことは、運動神経がいいって事でしょ?不安はないわ」
「へ〜。じゃ、行くべ」
くるりと背を向けた平太は、地面に落ちている棒切れを持ち歩き出す。
まだ方言に慣れない私だったが、相手の行動や表情を見れば何とかなる。深く考えるより、まず行動!これから楽しい夏休みが始まるのに、つまらない事で水をさしたくない。
平太と同じ様に私も何か持った方がいいのかと思い探すが、適当な物が見つからないので諦める事にした。
平太は、裏庭から続く小道へと入って行く。
先頭に平太、私、佐藤さん、アメ、ビッグにコッコにピヨ。
顔にピンピンと跳ねてくる草をかわしながら進む。時折後ろを振り返り皆の様子を見るが、ちゃんと私の後からついてくる。
着いて早々こんな胸踊る冒険が始まるなんて思ってもいなかった私は、飛び上がりたい程嬉しくなる。
草の匂いが濃くなり、体には棘のあるひっつき虫がつく。
(お婆ちゃんに怒られるかな)
服が汚れる事に一抹の不安を覚えながらも、ガサガサと藪漕ぎをしながら歩いていく。
この先には何があるのか。
平太が気に入っている場所とはどんな場所なのか。
はやる気持ちを抑えながら慎重に歩を進めていった。
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