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秘密基地
どの位歩いただろうか。
息が上がり全身汗だくになってきた頃、前を行く平太が声を上げた。
「着いたぞ」
「え?着いたの?」
少し音をあげそうだったので、ホッと一息つく。
「ここって・・・」
藪漕ぎをしながら歩いたその先には、忘れ去られたようにひっそりと佇む小さな神社が、霧の中から姿を現した。かつては立派だっただろう鳥居は、今では苔に覆われ、所々が腐りかけていた。参道の石畳も草に埋もれ、足を踏み入れるたびに軋むような音が響く。
神社の境内に足を踏み入れると、空気が一変した。木々が高くそびえ、太陽の光を遮っているせいか、昼間だというのに薄暗く、肌寒ささえ感じる。静寂が支配する中で、風が吹くたびに木々の葉がささやくように擦れる音が、まるで何かが耳元で囁いているかのようだ。
社殿を守るように両側にいる狛犬?も、頭が取れ無惨な形になっている。
社殿は、かろうじて形を保っているものの、大半が朽ち果てていて、中が見えそうなほど隙間ができている。怖々覗いてみるとその隙間からかすかに何かが見えた。傾いだ棚と真っ黒な布。白い御神酒が転がり簾の様な物が破れ今にも落ちそうになっている。
ふと、社殿の脇に新しい足跡があることに気づいた。この場所に人が来た痕跡だ。しかし、誰がこんな場所に? 平太のか?不思議に思った私はその足跡を辿ってみた。
足跡は本殿の周囲をぐるりと一周しているが、途中でプッツリと途絶えている。そこからどこへ向かったのかはわからない。まるでこの場所に導かれ、そして消えたかのようだ。
「何してんだ?」
平太が不思議そうな顔をして私の後を追ってきた。
「ううん。ここってもう誰もいないの?」
「うん。いない」
「そう」
本殿の前に戻ると、鶏が土をついばみ佐藤さんは崩れかけた灯篭にオシッコしている。
「あれ?アメは?」
「にゃ」
返事がした方に目を向けると、アメが社殿の扉の隙間に頭を突っ込み今にも中へ入ろうとしていた。
「あっ!入っちゃ駄目だよ!!」
慌てた私は、直ぐにアメを連れ戻そうと駆け寄ったがアメは既に社殿の中に、するりと滑り込んでしまった。
隙間から覗くと、暗闇にぼんやりと浮かぶ白い影。
「アメ!おいで!こっちおいで!」
私の声を無視してアメは呑気に毛繕いを始めてしまう。
「どうしよう」
「中さ入れば?」
平太がサラリと言った。
「駄目だよ。人がいないからって勝手に入ったら怒られるんだから」
「誰に?」
「誰にって・・・本当に怒られない?」
「うん」
「本当に、本当に大丈夫?」
「絶対に怒られない」
平太は「絶対」という言葉を強調しながら、私に笑いかけた。だが、その笑みの裏にある確信が見えない私は、どうしても不安を拭い去れない。
悪い事をしているようで心臓がドクドクと鳴る音が耳元で響く。私は心細い気持ちで佐藤さんとその周りを歩くビッグたちの方へ視線を送る。彼らは境内を気ままに歩き回り、こちらには全く気を配っていないようだ。その無関心さに少しばかり安堵を覚えたものの、私の緊張はまだ消えない。
ゆっくりと小さく唾を飲み込んでから、目の前に立つ観音開きの扉にそっと手をかけた。少し冷たく、古びた木の感触が指先に伝わる。静寂の中で、私は深呼吸をし、平太の言葉を信じてみることにした。扉がきしむ音が響き、私は恐る恐るそれを押し開けた。
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