第一章・一幕

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1  突然の出来事だった。    中学三年生、卒業式も終わり、高校へ入学する準備を進めていた春休み。  俺の元にひとつの連絡が来た。 「あなたのご両親を乗せたバスが、崖から転落して海に――」 「・・・・・・・・・・・・」  両親が亡くなったことを告げる電話だった。    俺の家では毎年、成人した親戚が集まって日帰りの旅行に行くのが慣習だった。  そのバスが転落したということは、両親を含む親族全員が亡くなったことを意味していた。  悲しむ暇もないくらい、慌ただしい日々が始まった。  海に落ちたバスは見つかったが、肝心の遺体が一向に見つからない。  未成年である俺には後見人が必要だったが、親族が全員亡くなった今、頼れる人は居なかった。  死亡認定の願出や諸々の手続きは俺がしなければならなかったし、葬儀も行わないといけない。  唯一生き残った親族として、俺だけでも弔ってあげないといけないと思った。    家族が亡くなって五日目。  ある程度整理がついてきて、形式だけの葬儀を執り行うことにした。 「どうせなら、俺も連れて行ってくれたら良かったのに・・・・・・・」  葬式に参加してくれる人はいっぱい居たが、ほとんどが会社の関係者だ。  俺の両親が経営していた会社の役員や、傘下のグループの幹部、そして卯川家の側近たち。 「私はあなたのご両親に仕えていた神堂晃と申します。魁星様とは幼い頃にお会いしたことがありますが、覚えておられないでしょう」  ご冥福をお祈りします。  そう言って差し出された名刺を見る。  彼は俺の両親が経営する会社の役員兼側近だ。  もしもの時は、彼を訪ねるようにと、お母さんによく言われていた。 「ありがとうございます。母から晃さんについては伺っております」 「そうですか・・・早速で申し訳ありませんが、私はあなたにお願いがあって参りました」 「なんでもおっしゃってください。俺に出来ることなら協力します」  卯川家は大財閥の名門一族だ。  会社の経営方針は、すべて卯川家の人間の意思によって決まる。    まだ未成年だが、後継者教育は受けている。  祖父が担っていた総帥の座を引き継げと言われれば、俺はすぐに行動するつもりだ。 「魁星様はご存知ではないと思いますが、あなたのはとこに当たるお坊ちゃまがいらしています」 「おじい様の弟の孫ということですか・・・・・・?」 「はい。あちらにいらっしゃる雪人様です」  手を指された方を見る。  まだ小学生にも満たないほどの、小さな子供が一人で泣いていた。  いきなりはとこと言われても、面識がないので実感が湧かない。  しばらく見つめていると、確かにおじい様の面影があるような気がした。    あんなに小さな子供を放置する気にはなれず、駆け寄って抱きしめてあげる。 「だ、だれ・・・ですか・・・・・・?」 「えーと・・・俺は・・・・・・」  なんて説明したら良いんだ?  君の祖父の兄弟の子供のその子供だと伝えても、小さな子に理解出来るはずがない。  それに、これからこの子はどうなるのだろうか。  普通だったら親戚が引き取ることになるのだろうが、この子には俺しかいない。  はとこは六親等で、ギリギリ法的に傍系親族として認められている。    頭の中でぐるぐる考えているうちに、色々とこんがらがってきた。  ここ数日の疲労もあってか、俺はおかしなことを口走っていた。 「お、俺は――そう、君の新しいパパだよ。血の繋がった家族だから・・・ね?」 「パパ・・・・・・?」 「そ、そう・・・パパだよ・・・・・・・」 「ぼくにはパパがいるよ? でも、ぼくのことおいて、ママとしんじゃったって・・・・・・」  誰だそんなこと吹き込んだやつ。  遠いお空に行っちゃったとか、長い眠りについたとかもっと言い方があるだろうに・・・・・・。  はあ、ため息をついて、雪人の頭を撫でる。 「そうだね・・・・・・・君と同じで、俺のパパとママも死んじゃったんだ」 「もうあえないの・・・?」 「・・・・・・・・・・うん・・・・・・」 「やだ・・・っ・・・・・・! パパとママにあいたいよぉ・・・っ・・・!」  余計なことを言ったかもしれない。  わんわんと大声で泣く姿に、心が傷んだ。  今にも泣き出しそうに表情を歪めた晃さんが、胸ポケットから取り出した紙を渡してくる。 「魁星様、私は会社に戻らなければなりません・・・・・・。こちらは養子縁組の書類です」 「えっ、俺と晃さんがですか・・・・・・?」 「いえ、この書類は、魁星様と雪人様のためにご用意したものです」  はい? 思わず首を傾げる。  間違えて口走った言葉なのに、本当に俺が父親になるってことか?   「・・・・・・俺、未成年で独身ですけど・・・・・・」 「大丈夫です。書類は必ず受理されるので」 「後見人がいない未成年ですけど・・・・・・」 「大丈夫です。魁星様は卯川財閥の唯一の後継者であらせられますので」 「少し向こうでお話しましょう・・・・・・」  晃さんを連れて、隅の方へ移動する。  どういうことか事情を聞けば、  俺を除いた唯一の親族である雪人を保護すべきだと、側近たちの間で話が纏まったらしい。  もしもこのまま放置すれば、施設に送られるか側近のうちの誰かが引き取ることになる。  そうなれば、要らぬ争いを生みかねないと結論づけ、俺が引き取るべきだと判断されたようだ。
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