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結局俺は書類にサインをしてしまった。
葬式を終えて、雪人と一緒に屋敷へ帰る。
「あたらしいパパ?」
「うん、俺は卯川魁星。君は今日から俺の息子で卯川雪人だよ」
「わかった・・・・・・・」
雪人は死について理解しているようで、突然の出来事なのにこの状況を受け入れている。
きっと、俺に気をつかっているんだろう。
晃さんが言うには、雪人はまだ六歳で、今年から小学校に入る予定らしい。
俺も二日後には全寮制の夢丘学園に入らなければならない。本当にどうしようか・・・。
「とりあえず理事長に電話してみるか」
携帯を取り出して、夢丘学園の理事長に電話をかける。
屋敷をしばらく開けることになるから、出来れば雪人と一緒に寮で暮らしたい。
「もしもし、今お時間大丈夫ですか?」
『ああ、君の部下から家の事情は聞ているよ。息子が出来たんだってね?』
「はい。それで、出来ればなんですけど――」
「君が心配していることは分かってる。息子くんも連れてきて構わないよ」
「・・・・・・・・ありがとうございます・・・・・・」
良い事のはずなのに、すごく複雑な心境だ。
電話を切って、まずは食事の準備に取り掛かる。
冷蔵庫を開けると、母さんが作った手料理の残りや、半分だけ残った野菜などがあった。
捨てなきゃいけないと分かっているのに、なかなか捨てられない。
適当に卵を取り出して、油を垂らしたフライパンの上でかき混ぜる。
今日のご飯もスクランブルエッグと白米。
作ろうと思えばなんでも作れる。
ただ、食べる気力も作る気力もないだけだ。
「明日はちゃんと作るから、今日はこれで許して欲しい。いただきますしようか」
「うん、いただきます・・・・・・」
一緒に手を合わせて、ご飯を食べる。
雪人は真っ白な髪と青い瞳をしていて、もぐもぐとご飯を頬張る姿が可愛い。
この子が孤独の中で生きるくらいなら、俺が引き取れて良かったのかもしれない。
二日後。
遺品の整理などは行わずに、屋敷はこのままの状態で保管することにした。
寮に持っていくものはケースに詰めて、先に送ってある。
外に出て、晃さんが迎えに来るのを待つ。
「どこにいくの?」
「俺たちが一緒に住む所に行くんだよ」
雪人はずっと俺の手を握っていた。
インターネットの情報によると、小さい子供は環境の変化に弱く精神的に負荷がかかるらしい。
向こうに着いたら、子供用の携帯を買って、出来れば小動物なんかも飼ってあげたい。
「もしもペットを飼うとしたら、何が良いかな?」
「ぼく、とりさんといっしょにさんぽしたい・・・。あと、イヌとネコとフクロモモンガ・・・・・・」
「も、物知りだね・・・・・・。考えておくよ」
最後のは想定外だった。
そうか・・・フクロモモンガか・・・・・・・。
さすがに俺一人でペット四匹と子供一人の世話をしながら学校生活を送るのは厳しい。
どうしたものか考えていると、送迎用の車が屋敷の前に止まった。
雪人と一緒に車に乗る。
「後見人の問題や遺産の相続などの手続きは我々が処理しておきました」
「ありがとうございます」
卯川家に仕える家紋は5つある。
どの家も俺達を最優先に考えてくれて、忠義に厚い人達ばかりだ。
ズラズラと長い紙に書かれたリストを確認する。
俺が相続したのは親戚たちが遺した全ての資産。
土地や会社の経営権、株や金など、総資産額100兆を超えるものだった。
たった一日で、世界一の富豪になってしまった。
いくらお金があっても、俺が本当に欲しいものはもう戻ってこないというのに・・・・・・。
「はぁ・・・いつまでも落ち込んでいる訳にはいかないよな・・・・・・・」
血の繋がりは薄いとはいえ、雪人は唯一の血族。
晃さんに頼まれなくとも、俺が面倒を見なければならないことに変わりは無い。
父親・・・・・・として、もっとしっかりしないと・・・・・・。
「雪人様の送り迎えは私が担当させていただきます。毎朝6時半頃にお迎えにあがります」
「本当にありがとうございます。お気をつけてお帰りください」
「あきらおじさん、バイバイ・・・・・・」
雪人と一緒に晃さんを見送る。
晃さんから受け取った、護身用の日本刀を腰に携えて、俺は学園を見上げた。
夢丘学園は由緒ある名門校で、小中高一貫の全寮制の男子校だと聞いている。
在校生のほとんどが政治家や名家の子息で、治外法権のような場所だそうだ。
ざっと見ただけでも、某テーマパークがふたつあっても足りないほど広大な敷地だった。
正門はオートロックのようで、顔認証で開けることが出来るらしい。
センサーを覗き込むと、自動的に門を開く。
「わあぁ・・・! すごい!」
雪人がぴょんぴょんと跳ねて喜ぶ。
門を潜ると、そこにはおとぎ話に出てくるような、王宮のような光景が広がっていた。
両脇には綺麗な花が植えられていて、門のすぐに先には噴水の広場があった。
広場から前、左、右には桜の木で道が作られており、それぞれの道の先には大きな建物がある。
右の道の先には初等部、中央の道の先には高等部、左の道の先には中等部があるらしい。
「行くよ、雪人」
「はい」
手を繋いで真ん中の道を進む。桜がヒラヒラと舞い散り、幻想的な景色が広がっていた。
宙を舞う桜を掴んだ雪人が、得意げに笑みを浮かべ、こちらを振り返る。
「とれた・・・! みて、ママ! パパ! ・・・・・・・あっ・・・・・・・」
雪人の顔から笑顔が消えた。
そして、申し訳なさそうに俯く。
まだ六歳の子供なのに、そんなに気を遣わなくても良いのに、そう言ってあげたかった。
長い道を歩くのは疲れるだろうと、しゃがみこんで両手を広げる。
「好きなように呼んで良いんだよ。ママでもパパでも、お兄ちゃんでもおじさんでも」
俺が雪人の好きなものになってあげる。
そう笑顔で告げると、雪人の身体が震えた。
抱っこしているから表情は見えないが、声を殺して泣いているんだろう。
背中をポンポンと叩いて、俺は寮に向かった。
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