太夫(ゆめ)を見て鼓楼(ここ)に来て 現実を知り失望を味わう

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太夫(ゆめ)を見て鼓楼(ここ)に来て 現実を知り失望を味わう

時は八代将軍徳川吉宗の時代。 吉原の大見世玉屋に江戸の楊貴妃といわれた遊女がいた。 その名を花香(はなか)。 見世のお職〔売り上げ一位〕であった元太夫の朝霧に付いていたが、十四歳の頃にはすでに頭角をあらわしていた。 姐さんであった朝霧と紅玉が身請けで見世を去った後に二人の後継者として太夫(たゆう)に昇格。 以降、吉原はおろか江戸でもその名を知らぬ者はいないと言われるほどの有名な太夫となっていった。 ✳︎✳︎✳︎ 吉原では午後六時になると太夫を除く遊女が見世の格子内に居並ぶ。 一番格上の遊女は中央奥の上座に、以下格式に応じて順に座ると奥の障子が開き楼主の席に簾がおろされ、夜見世の始まりの合図である「おふれ」と呼ばれる鈴が鳴らされ、灯りが灯されると各見世で「清掻(すががき)」の演奏が始まる。 清掻は、三味線によるお囃子で、芸者や振袖新造が担当する。 見世によりそれぞれ違う演奏で、吉原の町を一斉に賑わせる。 この演奏の合図とともに客が大門をくぐり始める。 ここは吉原でも小さい部類になる小見世のかずさ屋。 二階の部屋では指名を受けた遊女たちが客を相手に酒と料理のおもてなしをしていた。 夜の帳は下りたばかり。 そんな中、客たちがざわめき始めた。 「玉屋の花香太夫の太夫道中だ」 「よ、日本一!」 かずさ屋の禿(かむろ)である初音(はつね)はその様子を見世の二階から客たちと覗いて見ていたが、その華やかさと美しさに初音は目を奪われた。 「この世の中にあんな綺麗な人がおるんだ」 初音の姐さんである千早(ちはや)太夫も綺麗な人であったが、花香はそんな言葉では言い表せない気品と色気に知性を漂わせる雰囲気があった。 「初音、見たか? 大見世の太夫というのは遊女の最上の位だ。あそこまで上り詰めたら嫌な客の相手はしなくていいし、どんな金持ちや大名も頭が上がらなくなる。楼主ですら恵比寿顔でご機嫌を取るようになる。それが太夫さ」 客にそう言われて初音は目を輝かせた。 「わっちもあんな綺麗な太夫になりたい」 そんな初音の言葉に千早は少し寂しそうな表情を浮かべた。 「初音、あそこまで上り詰めるにはもっと上の見世に行かな無理でありんすよ。ここじゃせいぜいわっち程度。それよりも身請けしてくれるぬしさん(お客さん)を探してここを出る方がようござんす」 「そうなんだ。。」 初音が見た希望の光は一瞬にして消え去っていった。 その話を客から聞いたのか、かずさ屋の楼主兵衛門が初音に冷たく言い放つ。 「馬鹿かお前は。玉屋の花香といやあ吉原で一番の遊女だぞ。お前なんかとは格が違うんだ。頭冷やしてよく考えな」
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