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次の瞬間、火鉢をキセルでカン! と叩く音がした。勢いよく叩きつけるような音である。
「黙って聞いてりゃガキが舐めた口きくんじゃないよ!」
突然豹変したお里に小町は凍りついた。
「武家の出が何だって? ここにいる遊女たちは花香から末端の禿に至るまで私も含めて全員農民出身だよ。それで吉原一の売り上げを上げてるんだ。お前に初音以上の稼ぎが出来るなら見せてもらおうじゃないか。
私はね、口先だけでかい事をいう奴が一番信用出来ないんだよ。かずさ屋がお前程度を上品にして新造に上げたのは兵衛門がその程度だったからさ。同じ事がこの玉屋で通用すると思うな」
お里のあまりの煙幕に小町は後退りしながら半べそをかいていた。
「初音はお前の妹分だろう。本来なら自分がダメでもせめて初音だけでもと嘆願するのが姐ってもんなんだよ。それを田舎者だの見下してあわよくば自分だけここで雇ってもらおうとする小根の腐った奴に客商売なんぞやらせられるか」
小町はわなわなと震え出した。
かずさ屋時代は武家出身というだけでちやほやされて叱られた事などほとんどなかったので、叱られる事に免疫が出来てない甘ったれであった。
「今すぐ出ていけ! 二度とそのツラを私の前に見せるな。次にその薄汚いツラを私の前に見せたら見世の妓夫たちに簀巻きにさせて隅田川に投げ込むからな、覚悟しておけ」
小町は妓夫たちに手を掴まれて見世の外へ追い出された。
あまりの恐ろしさに小町は「いやあ」と泣きながら走り去っていった。
「お里さんが啖呵を切るのは久しぶりに見たでありんすな」
花香が面白そうにそう言ったのでお里は「よしておくれよ」とようやく落ち着いた。
初音は嬉しかった。
かずさ屋にいた時は常に立ち位置が上の者の言い分だけが通っていた。
もしここがかずさ屋であれば小町の言い分が全て通って初音は見世から追い出されていたかも知れない。
お里は初音と小町を農民や武家といった身分で見る事もしなかった。
初音は初めての事にこれまでのもやもやが晴れたような気分になったのだ。
「お里さん、ありがとうございます」
初音が礼を言うとお里は腕を組んで鼻息を荒くした。
「あんたにお礼を言われるような事はしちゃいないよ。あのバカ娘があまりにも頭が弱いから少しばかり懲らしめてやっただけさ。それより、あんた。あんな小娘に馬鹿にされて悔しいと思うならここで心機一転頑張りな。あいつ多分遊女を続けるとすれば夜鷹にでもなっているだろうから、その時は笑ってやればいい」
「は。。はあ」
さすがの初音も夜鷹になった小町を見て笑う気は起きないなと思った。
「でも、追い出しちまったのは少しもったいなかったかな。あんな奴でも厠の清掃人夫くらいで使ってやってもよかったかも。まあ、仕方ないか」
その後、小町は羅生門河岸の切見世に拾われて、線香一本百文〔線香一本が燃え尽きる時間の利用でおよそ三千円〕の時間単位で売られる格安遊女に成り下がった。
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