初音 新造に昇格し初めての水揚げに緊張する

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初音 新造に昇格し初めての水揚げに緊張する

初音は玉屋に来てすぐに禿から引込新造に格上げされた。 新造になると新造出しというお披露目をおこなう。 特に見世の将来有望株である引込新造のお披露目は盛大で、お役となる姐女郎が後ろについて大見世であれば三百両〔約三千万円〕以上の大金をかけて太夫道中のように仲の町を歩くのである。 酒樽や赤飯が振舞われて、初音の名前の入った手拭いや扇子が行き交う人たちに惜しげもなく配られ、二階の格子窓からは餅や菓子がばら撒かれて人々が喝采を送る。 無論、そのお金もすべて姐となる花香の負担であった。 新調した着物を着て花香に連れられて仲の町を歩き、顔見世をしながら各所にあいさつ回りをおこなう初音。 何しろ吉原一の太夫が連れている期待の新人である。 さぞ有望株なのだろうと、初音は注目を一身に受けた。 初音はこれまで経験したことのない事ばかりで緊張の連続であった。 自分のお祝いのために花香が三百両出したと聞いた時は気が遠くなりそうになった。 「こんな盛大な祝い、わっちには身分不相応です。。」 初音はポツリと口に出すとお里に肩をパンと叩かれた。 「何言っているんだい。仮にも玉屋の有望株だよ。これくらい盛大にやらなきゃ箔がつかないだろう」 「は、箔ですか。わっちに箔は必要ない気が。。」 「あんたがよくても玉屋(みせ)は困るんだよ」 「あ、左様でございますね。。」 初音は花香をチラリと見たが、目と目が合ってこっちを見てにこりと微笑んでいるのを見ると、三百両も払わせてしまったという申し訳なさからまともに顔を見る事が出来なかった。 一方の花香は三百両の出費に関してはそれほど気にはしていなかった。 もとより自分の借金として加算される事は承知の上であったからだ。 それよりも初音の今後である。 花香自身、引込新造から太夫に出世しているので、特別扱いされるというのは裏を返せばそれだけ厳しいという事をよく知っている。 花香やその姐であった朝霧のように期待に添えられればいいが、期待外れの結果しか出せなかった時にはそれ相当の懲罰が待っているのだ。
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