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「初音、私に近寄らんでくれなんし。あんたのような田舎者の臭い匂いが身体に移ったらぬしさんたちに逃げられてしまうでありんすからな」
「それはわっちのせいではなくお前の嫌な性格が災いしての事でっしゃろ。言われなくても近寄らんから安心しな」
「農民の分際で武家出身のわっちに生意気な口を聞きなんすな。おまけに下品の身分で上品のわっちに敵うとでも思うでありんすか」
「お前みたいな嫌な奴になるくらいなら下品の方がいいわ」
「言いなんしたな」
こうして取っ組み合いの喧嘩が始まるが、いつも楼主や妓夫たちに折檻を受けるのは初音の方だった。
「何でや? あいつの方から喧嘩を売ってきたのに、あいつは何もお咎めなしでわっちだけ怒られなければならないんや?」
「お前が格下だからに決まってるじゃねえか。ここはな、同じ事をしても格上の者が許される世界なんだよ」
「そんな馬鹿な話があるか」
初音はそこまで反論してお客に言われた言葉を思い出した。
「太夫は遊女の最高峰。あそこまで上り詰めたら楼主も恵比寿顔でご機嫌を取るようになる」
「わっちはこの見世での地位が低いからこんな目に遭わされるのか。。」
そしてまた今日も小町とのいざこざで見世の妓夫たちに散々痛めつけられた。
この見世では立場の低い者の意見はほぼ通らない。
何を言っても、たとえ同じ事を言っても身分の高い方の言い分だけが通る世界。
「本当にわっちは人間なんだろうか。犬や猫の方がまだマシな気がする」
そうポツリと呟いた初音に妓夫が冷たく言い放つ。
「その通り。おめえなんぞ犬猫以下の奴隷でしかねえ。飯を食わせて寝る場所を与えてやっているだけでもありがたく思うんだな。まだ何の役にも立っていねえタダ飯食いの分際で舐めた口聞くんじゃねえ」
〔役立たずのタダ飯食いか。。そう言われたら返す言葉もない〕
初音は怒りをグッと堪えて飲み込んだ。
耐えかねて見世から逃げ出した事も何度かあったが、小見世と言えども抜け人に対する追跡システムは凄まじく、まず逃げられる可能性はない。
毎回すぐに捕まって連れ戻されては折檻される。
逃げところですぐに捕まるし、他に行く宛てもない。
死ぬまでここから抜け出す事は出来ないんだと絶望的な気分に陥る事も何度もあった。
だが、そんな初音の運命を変える出会いが待ち受けていた。
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