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初音が花香に連れられて来たのは吉原一の大見世玉屋。
見世に入った瞬間からかずさ屋とは全然違う雰囲気に初音は驚きの連続であった。
禿たちはみんな明るく、太夫や格子の遊女たちは面倒見も良く優しい。
妓夫と呼ばれる男の使用人たちも遊女たちを道具扱いせず、和気あいあいとした空気が見世の中に溢れている。
「これが大見世。。」
妓夫が威張りくさり、姐さん遊女は自分付きの禿に当たり散らすために常に怯える毎日を過ごしている初音にはここは別世界のようであった。
「そんなガリガリの身体では身が持たんでありんしょう。まずはこれを食べなんし」
玉屋に着くと、花香は初音のために食事を用意させた。
お膳にはご飯に味噌汁に焼き魚と卵焼きまである豪勢なものであった。
普段、茶碗半分ほどの芋めししか食べてない初音には見た事もないご馳走だった。
「いえ、こんなご馳走を頂くわけには。。」
そう断ったものの、身体は正直でお腹がぐうと音を鳴らした。
このお見世ではいつもこんな豪華な食事なんだろうか?
そんな初音の疑問を見透かしたかのように花香が話しかける。
「断っておきなんすが、うちの禿たちも普段はご飯に沢庵だけしかありんせん。あんたはその身体ではろくに働けないでありんしょうから栄養を付けるために特別でありんすよ。さあ、遠慮なく食べなんし」
「小見世と大見世ってこんなにも違うんだ。。」
玉屋では見世自体が月に三日の休みを設けている。
また抜け人や見世の規律に背いた事をしない限り折檻はしない。
瘡毒〔梅毒〕に感染した時にも最後まで面倒見てくれる。
瘡毒に掛かった遊女はたとえ太夫であろうとも、他の見世なら建前の二朱の祝儀を手渡して年季がきた事にして一本締めで大門から追い出され、その後はどうなろうと知った事じゃないっていうのが通例であった。
初音自身、かずさ屋に来て二年になるが、その間に瘡毒に掛かって見世から追い出された先輩遊女を二人ほど見ている。
彼女たちがその後どうなったか知るよしもなかった。
「すべての大見世がこうじゃないでありんすよ。ここはお里さんが楼主になってから飛躍的に改善されなんした。おかげさまで今はいい環境で仕事が出来るでござりんすよ」
「確かに。。」
かずさ屋とはえらい違いだ。
同じ吉原の見世でも所変わればこうも違うものなのか。
初音はそう思った。
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