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橋は「都市」の境にある。公安のある地区からは遠い。
やがて朝のラッシュにぶつかるだろう、と朱明と呼ばれた男は気付いた。カーステレオから流れるFMからは、今週の「中央」のヒットチャートの番組が始まっていた。
一ヶ月遅れのヒットチャート。月に一回仕入れるものは、食糧や工業原料だけではない。月遅れの「中央」の情報をも仕入れるのだ。
統制する必要のある情報以外は取り入れた方が有効だ、というのが公安の道理である――― が、朱明はこの番組がそう好きではない。
「ずいぶん眠そうだね、お前」
「眠いんだよ俺は」
吐き捨てるように朱明は言う。
黒の公安の制服のボタンは、上から三つ外れている。
中に着ている黒いタンクトップが、ややくたびれた顔をのぞかせている。袖は半分まで折られ、細いが筋肉質のその長い腕をむき出しにしている。
「用事があったから出向いてみりゃお前はいねえ。藍地がヒステリー起こすから早く捜してくれって芳紫の奴もぎゃーぎゃーうるせえし」
「女の子じゃないのにヒステリー呼ばわりはおかしいよな」
「HAL!」
怒号する。車内が一瞬びりびりと震えた。
「怖いなあ」
「お前なあ……」
「ああ…… 悪い」
HALと呼ばれた「彼」は、全く悪いと思っていないような顔でつぶやいた。
「でもな、そりゃそう簡単には見つからないようにしてるものな。でも朱明、お前よく見つけるな。藍地も芳ちゃんも絶対俺見つけられないのに」
くすくすくす。
「お前の行動は時々妙に分かりやすいからな」
声が更に低くなる。
「そうだよね。昔から朱明はそうだった。ずうっとそぉだったよな。お互い放浪癖あるからかなあ? きっと俺たち、遠い昔からのお友達なんだよ」
冗談はよせ、と朱明は眉をひそめた。
中心に向かう道路に入りかけていたのを、朱明は方向転換する。やや予期しなかった行動にHALはシートベルトを身体に食い込ませてしまう。
「あっぶないなあ」
「言える立場かよ、全く」
「まあ確かに言えないなあ」
「何かお前にあってみろ。俺だけじゃない。この都市がどうなるか考えたことがあるのか?」
HALは正面を見続ける。何百回と繰り返される台詞。
もう聞きあきている。そしてその言葉が全く効力の無いことも知っている。
だけどそんなこと言ってはいけない。何故ならそのたび彼らは本気なのだから。
「心配せんでも、俺そぉそぉそんな馬鹿なことはしないよ」
「本当か?」
「約束する」
それが信用できないのだ。朱明にとっては。
幾度そんな言葉を聞いたことだろう。そしてそのたびその言葉は意味を無くすのだ。
「朱明は意外に心配症だ。藍地より下手するとキミ、神経質と違う?」
部分的にはそうだ。それは昔から知っている。
「誰のせいだと思ってる?」
まっすぐ進行方向を見たまま、だが大真面目に朱明はHAL以上の低音で責める。視線は絡まない。
「俺のせいだな」
HALはつぶやく。全くそんなこと思ってもいないような口調で。
「俺のせいだよ。そぉんなことずっと昔から判ってることじゃないの。今さら何言ってんの。俺そんな繰り言いう奴嫌い」
「HAL!」
「ほらほら目は進行方向」
くすくすと笑いがHALの口もとから洩れる。
「あのな、朱明、あんまり怒るとシワが増えるよ。お前、もともと疲れとかすぐに出るしなぁ。俺、お前が年取りすぎた図なんてあまり見たくないもん」
ふう、と朱明はため息をつく。そして車をややサイドに寄せ、ブレーキを踏んだ。
二回目の思わぬ行動にようやくHALは隣の席の男に視線を飛ばす。
「ホント危ないなあ。俺に何かあったらお前どぉすんの?」
「本当にそう思うか?」
「思うよ」
「そう思うんだったら…… いい加減お前、目を覚ませ」
ため息を一つ。大きな手で朱明は顔を半分隠した。
ちら、と窓の外を見る。ああ、とHALはここが何処だったか気付く。
もと高速道路だ。
昔は「都市」の外へ続く高速用の道路だったが、今となっては郊外を「ただ走る」ためのコースになっているに過ぎない。
少しだけ開けた窓から、タイマーの狂った小学校のチャイムが聞こえてきた。
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