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「それでは次に今週の第三位……」
受信状態は良好。都市内あまたあるFM局の一つのパーソナリティが一つの音楽ユニットの名前を告げた。朱明は不快そうにスイッチを切る。
「冗談はよそうね」
HALはベルトの食い込んだ胸をさする。
痛みがある訳ではない。
これがもし胸を切り裂いていてしまったとしても、痛みは感じない。
そんな淡々としたHALの声とは裏腹に、逆に朱明の声はだんだん真剣になる。
「どうしようもないのかよ?」
「どうしようって?」
「この都市がこうなる前のようにできねえかって言うんだよ!」
「時間は戻りはしないよ、あいにく」
「そういう意味じゃねえ」
そんなことは判っている。
「お前は知ってるんじゃねえのか? 何か手だてがあるんだろ? 俺は知らないが、何か。いい加減答えろ。お前が知らないはずねえんだ!」
「何焦ってんの? そりゃあね、全く知らない訳ではないけど」
HALは何気なく言った。朱明は顔を覆っていた手を思わず外し相手を見る。
この答は初めてだった。この十年。
「ねえ朱明、いくら俺だって全く何も感じてない訳じゃないよ。でもね、今俺が、お前が、あいつらが、動いたところでどぉにもならないことばかりだ。どぉにもならん」
「じゃあどうにかなる奴があるってのか? 言ってみろよ、そいつは誰なんだ?」
「……」
「言えねえのか? 言えないってことは、やっぱりそんな奴、いねえんじゃねえか?」
HALの顔からくすくす笑いはいつの間にか消えていた。
「あーあ、消しちゃって。俺今のうた聞きたいんだけどな」
HALは再びスイッチを入れた。ヘヴィで華やかなサウンドと一緒にひどくウェットな声が飛び出してくる。
「俺はこいつは嫌いなんだ」
「へえ」
「ふざけてないで、俺の聞いたことに答えろよ」
朱明は再び乱暴にスイッチを切る。その勢いに、壊れるんじゃないか、と一瞬HALは思う。そしてその口から言葉がもれた。
「朱明さぁ、お前の聞き方、いつも真っ直ぐすぎて俺嫌い」
「おい」
「冗談。でも俺、今は言えない。今ここで言ったところでどうにもならないよ。種はずっと昔に蒔いてある。でもその花がどう開くかは俺にだって想像つかんもの」
「それは無責任だぞ」
「むせきにん?」
手だてがあるならするのが義務というものだろう? と論外に朱明は含める。無論聞こえている。だけど。
「最大の無責任やらかしたのが俺なんだもの。それ以上の無責任なんて何処にあるの」
HALはうつむく。
無造作すぎる長い髪は重力に従って、彼の顔を隠した。
笑っているのか、泣いているのか、声の表情は、どちらともとれたから。だけどそのカーテンをこじ開けることは。
「でももしかしたら、今度こそは上手くいくかもしれない。俺の望んでいるものが現れるかもしれない」
「だからそれは何なんだ」
やや苛立たしげな問いをHALはあえて無視する。
「動かさなくてはならないものがあるんだ」
朱明は彼の表情を捕らえようとする。顔をのぞき込むべく体勢を変える。
だがシャッターの降りたウインドウは上手くのぞきこめない。
「それに、それを動かしたところでそれが本当に奴を見つけるかどうか、俺にも全く見当がつかん」
「奴―――」
「それに俺は本当にそれを―――」
語尾の抜ける感じ。朱明はハッとして前のめりになる彼を支えた。
助手席のHALは、ただの抜け殻になっていた。
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