4.月曜日の夜

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「何、お前、出待ちすんの!?」  熱あんじゃないの? と、津島はやや伸びかけた髪がうるさい安岐の額に手を当てる。  月曜の夜。  安岐はさほど音楽に詳しい訳ではない。少なくともこの友人程ではない。それにそもそもこの日の目的はライヴではなかった。  一方、友人の津島は音楽好きだった。  この都市に取り残されてから通いだした中学で出会った類だ。その頃からいっぱしのギターキッズを気取っていた。  バンドこそ組んではいないが、今でもよくかき鳴らしているらしい。色を抜いた髪の明るさが、整ってはいるがやや「薄い」タイプの顔によく似合う。だが、その「薄さ」はやや彼を小柄に見せた。  一方安岐は、中肉中背、だがバランスのいい体つきのため、実際よりやや大きめに見られる。「着太り」だ、とよく津島はそう言って安岐をからかう。  髪の色も抜いたり入れることもなく、黒のままである。  あまり手をかけると逆効果だ、というのはもと保護者の言である。前髪はやや長めではある。だがそれは伸ばしているのではなく、ただ散髪するのを忘れているだけである。  目が結構大きいのが、彼にとってはやや気にはなるところだったが、眉の形がいいので、さほど端から見て気になるほどではない。 「熱なんかねーよっ! 津島お前、用事あんだろ? さっさと帰れよっ!」 「へえへえ。別にいーけどさ、お前こそ早く帰れよ?」  お手上げのポーズを取りながら彼はにやりと壁に張り付いた猫的な笑いを浮かべる。 「津島っ」 「お前が変なトコ行くと、壱岐さんがうるさいんだよ」 「俺は大丈夫だよっ、それにここは安全地帯じゃねーか」 「あーそうだったな」  邪魔者は消えますよ、とひらひらと津島は手を振った。  散れっ散れ、と妙に自分の行動に照れくささを感じながらも安岐は裏出口の階段にぺたんと腰を下ろした。  まだ身体が熱かった。  もたれかかる手すりに頬を付けると、やや錆の感触が痛い。すすけた鉄のにおいがする。冷たくて気持ちがいい。  頬だけでない。座り込んだコンクリートの冷たさがジーンズごしにじんわりと染み込んでくる。それが無性に気持ちいい。  どうしたんだよ全く……  腕まくりしたシャツから出した手で時々、熱くなったまま戻らない耳たぶを押さえてみる。腕時計のガラスで冷やしてみる。  大音量のせいでぼうっとしている耳には、遠くのサイレンの音がかすんでいる。  頭の芯はまだ何処ともつながらない。  今から何をしようか、どうしてここで待っているのか、考えるべきことはいろいろあるはずなのに、次にどうしようか、という考えがとりとめなく流れていくばかりで、それを捕まえる術を知っているはずの自分の頭の中の回路とつながらない。  あの大音響のせいだったのか、それともあのかき回した音そのもののせいなのか。それとも、音を出していた本人のせいなのか。  判らないけど。いや、判っているのだろうけど。  そんなことどっちでも良かったのだ。  ただ、さっきのギタリストをもう一度見たい、と思ったのだ。ステージの光の中、ひらりひらりと身をかわす様がまだ目に焼き付いている。  と。  手すりに振動が伝わった。  彼は反射的に立ち上がる。扉が開いた。  彼女だ。  ギタリストの彼女はギターのケースを片手に持ち、もう片方の手でだるそうに、さらさらとした髪をかきあげた。やっと顔がはっきり見えた。  妙にメタリックに光る大きな瞳。色の無い、だけど厚めの唇。濃い太い眉。  それは世間の流行は無視したような天然ものだ。抜いたり描いたりしているようには見えない。  だけどそれがよく似合っている。  ステージで着ていたものに短めの黒皮のブルゾンを羽織っただけの恰好だった。どうやら終わったからと一足先に出てきたようだった。  だが、彼の存在など全く気に止めず、といった状態でさっさと彼女が自分の前を通り過ぎて行きそうになっていたので。  もっともこんな通りすがりの奴を気に止める必要など彼女にも確かにないのだが。  だが。 「……ちょっと!」  口が勝手にすべってしまった。  彼女は足を止めた。そしてきょろきょろと辺りを見渡す。  視線が合う。安岐はその瞬間を逃さなかった。慌ててギターを背負ってない方の腕を掴む。  ああ、今日はこれで二度目だ。 「何だ?」  厚めの唇が動いた。 「あんたを待ってたんだ」
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