8人が本棚に入れています
本棚に追加
突差に安岐はそう言っていた。今朝の奴のようにすりぬけられては後悔することが目に見えている。
心臓の鼓動がどんどん速くなっている。さっき聴いたドラムの音が頭の中で繰り返される。ハイハットがうるさいほど2ビートで叩かれている。
「は?」
朱夏は問い返した。こういう反応は予想していなかった様である。
「駄目?」
彼女は数秒押し黙る。そしてやがてぼそっと言った。
「……判った」
「約束! また絶対ここに来るから」
「判ったと言っているだろう!」
怒鳴りつけてから朱夏はふと思い出したように、
「そういうお前は名はなんと言うのだ。たとえまた会うにしても何でも、呼びにくくて仕方がないではないか」
「……別にいーじゃん」
律儀と言えば律儀だな、と彼は思う。
「それは困る」
「だって俺は別に困らないもん」
「……勝手にしろ」
「安岐だよ」
くす、と彼は笑って付け加える。
「あき? ……変な名だ」
「そお?」
満足そうに笑みを浮かべると安岐は立ち去ろうとする彼女に手をひらひらと振った。
何なんだ、と早足で歩きながら朱夏はつぶやいた。
ふと立ち止まる。彼女はん、と顔をしかめる。耳を押さえ、そして頭を押さえる。
だがやがてあきらめたように、手を離し、地下鉄の階段を駆け下りていった。
最初のコメントを投稿しよう!