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「お帰り朱夏」
「ただいま…… だったな。時間は守ったぞ、東風」
「そうそう。帰ってきたら『ただいま』だったよな。仕事の方は上手くいったようだな」
頭半分くらい彼女より大きい彼は、やはり大きな手で彼女の頭を撫でる。朱夏はそうされても微動だにしない。それに何の意味があるのが判らない、とでも言いたげに。
「ああ。もう一つのバンドのベースの奴、だったな。教わった通り、対象が本物であるか確認した後、渡すものを渡して」
「ならいい。お茶にしよう。そっちに座っておいで」
「うん」
お茶、と聞くと彼女は素直にうなづいた。部屋の真ん中に置かれた大きなテーブルに幾つか置かれている椅子の一つに朱夏はかける。
旧式のアサガオ形のコンロに火を入ると、やがてしゅんしゅんと音を立てる湯気、カップやスプーンがアルミのトレイにぶつかって立てる悲鳴が朱夏の耳にも飛び込んでくる。
―――サイクルは幾つで、ホーンは幾つで、何秒―――
一瞬にして数字に置き換えられるそれらは、それでも悪い気は起こさせなかった。
「いい葉が入ったよ」
「そのようだな」
「まだ熱い。気をつけろ」
「私は平気だが」
「普通の人間は平気じゃないんだよ」
あっさりとそう口にしながら、東風は朱夏の斜め横の椅子に座る。テーブルにはまだ四つ五つ椅子が残されている。
「レプリカントが人間のフリをしたいのなら、気をつけなくてはならないんだよ、朱夏」
判っている、と朱夏はカップの中の煮出したミルクティを吹き冷ましながらつぶやいた。
「何かあった? 朱夏。笑えとは言わないけれど、どうも君、変な表情になってる」
「そうか?」
そうなのか、と彼女は妙に納得したような顔になる。
「何かあった? それとも誰か変な奴が居た?」
「変な奴がいた」
「ほう」
「出口で待たれた。いきなり私が綺麗だとか言った。でまた会いたいとか」
「ほー…… それはそれは」
「私のギターが気に入ったのか、私自身が気にいったのか、よくは判らないとか、何とか言って…… 東風、面白がっているのか? 笑いたければ笑えばいいではないか。そんなひきつってないで」
「ああごめん。でもなあ」
とうとう彼は声を立てて笑い出してしまった。
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