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橋の向こうには、何もない。霧がかかっている。ひたすら。
橋の欄干の終わりは見える。だがそのたどり着く筈の地は見えない。白い橋はそのまま空間にフェイドアウトしている。
昼間、ここを越えようとしても無駄である。
橋の向こうにむかって歩くことはできる。だが、歩いていくと、真っ直ぐ進んでいる筈なのに、元来た所をそれまでの進行方向と逆に歩いている自分に気付くことになる。
メビウスの輪のようなものさ。
壱岐が言っていたことを思い出す。
表側を歩いていたはずなのに、裏側も通ってまた表側に戻ってくる。結局その輪の中なんだ。
閉ざされた輪。閉ざされた都市。このままではずっと出られない。
「思いますよ。この都市も悪くはないけれど、出られないってのは何か」
そう安岐が言いかけた時だった。パ、と明るいホーンが耳に飛び込んできた。
黒い四角の軽自動車が橋のすぐ近くの土手に付けていた。
「朱明」
彼はつぶやくと、安岐の前をさっとすり抜けた。
車のドアを開け、公安の黒い制服を来た男が出てきた。
そう背は高くないが、均整のとれた身体付きから、鍛えていると想像がつく。
彼を迎えに来たものらしい。
思わず先ほどと同じように手を出そうとした。特別に意味はない。だがそれより先に彼は振り返った。そして口の端を軽くあげた。
笑っている?
一瞬そう安岐は思った。錯覚だ。彼の表情は特に動いた様子はない。
「本当に、開いた方がいいと思います?」
公安の車が迎えに来ている。そういう人物に言うべきかどうか、安岐は一瞬迷った。
だが。
「ああ。思う。だって、それが自然だろう?」
「そうですね」
今度は本当に笑った。
「また会うことがあるかもしれませんね」
彼は黒い車の方へ駆け出して行った。
彼より更に低い声が、何やってるんだ、とか捜した、とか人探しの際の常套文句を使って怒鳴っている。
何なんだありゃ?
安岐は予期していなかった出来事に、やや面白がっていた自分に気付いた。
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