恋のはじまりのような、予感

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恋のはじまりのような、予感

 相手は同じ営業部の事務の女の子で、鳴海ちゃんといった。一か月前に二十六になったばかり。 朝、会社の前で出くわすと、必ず笑顔で「おはようございます。」を言ってくれる子だった。その笑顔には、社交辞令めいたすんとしたところがなくて、こころから嬉しそうに、楽しそうに見えた。  特別な美人ではないけれど、笑顔が可愛い。制服に着替える前の鳴海は、特に着飾っているわけでもないのに、どこか洒落た感じで新鮮だった。 「合格点」だと、勝手に判定した真治には、驕りがあったのかもしれないが、彼自身そんなことには気が付いていなかった。  五月ごろの月曜の夜に、たまたまふたりとも残業になってしまった日があって、真治は迷いなく、 「このあと、一緒にどう? 食事でも。」  と誘った。にっこり笑って鳴海はついてきたし、食事中もにこにこ笑って真治の話を聞いていた。「食事のマナーも、合格点。」真治は勝手に採点した。 連絡先を交換し合い、お互い休日イブの月曜の夜に、食事をする機会も増えた。 翌日の火曜の映画に誘っても、鳴海はやっぱり着いてきたし、観に行った映画がとても面白かったので、真治の気持ちは盛り上がった。峠道をドライブしたことも、ボーリングに行ったこともある。 鳴海の誕生日には、ネックレスをあげた。あまり相手に重く思われないよう、薄い水色とレモン色のしずく型のガラス玉のついた、シンプルで手頃なものを。鳴海は「可愛い! ありがとうございます!」と言って喜んでくれた。 「でも、焦りますよね。ぼやぼやしてるうちに、もう二十六歳。結婚考えるなら、時間ないな、って思っちゃいます。」  鳴海の笑顔に見えた瞳は、いつになく真剣そうだった。
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